親欧米か親ロシアか、さまよう要衝の地


EUから遠ざかるウクライナ


セバスチャン・ゴベール

(ジャーナリスト)


訳:﨑山章子


 ウクライナ政府は欧州連合(EU)との《連合協定》[自由貿易協定(FTA)を中心とする関係強化のための協定——訳註]の調印にあと数日を残すばかりとなっていたが、11月末突然交渉を中断した。ロシアからの要求に屈した形だ。ウクライナは大きな市場としても地政学的な駒としても両勢力から期待をかけられているが、専断的な政府のもとでジグザグの道を歩んでいる。[フランス語版編集部]





 「EUへ統合を! ウクライナはヨーロッパだ!」 11月21日夜、ウクライナの首都キエフの独立広場に集まりスローガンを叫ぶ人々は興奮していた。およそ1000人以上の人々がそこで一夜を明かす決意を固めていた。明らかに自然発生的な高揚感の高まりに対して、一部の人々は早くも、これは「革命の再来」だと言うのだった。9年前の2004年11月22日、「オレンジ革命」へとつながる市民の抵抗運動が最初にテントを張ったのがこの場所なのだ。そのときと同様に、ヴィクトル・ヤヌコヴィッチ大統領はデモの参加者たちの嫌われ者である。しかし、今回は不正選挙が問題になっているのではない。「政府はEUとの連合協定の調印をめざす準備作業を全部放棄する決断をしました。協定の調印は数日後にはヴィリニュスで実現するはずだったのに」と、タラス・シェフチェンコ・キエフ国立大学の学生アンドリーイ君は言う。「その代わりに大統領は閣僚に対して、独立国家共同体(CIS)の国々との協力関係を強化するように求めました。旧ソ連の跡を継ぐ国々じゃないですか!」と憤る。

 ウクライナはEUとの連合協定の交渉を、《東方パートナーシップ》Eastern partnershipの枠内で進めていた。この協力関係は2009年に提唱され、旧ソ連の6つの共和国とEUとの関係を深めることを目的としている。とりわけ、この野心的な連合協定の締結をもとに、制度・経済上の効果ばかりでなく政治的影響を広げることがねらいとなっていた。この六カ国の中で、アゼルバイジャン、アルメニア、それにベラルーシとはほとんど交渉が進んでいない。それに対してグルジアとモルドバは、かなり以前からEUとの統合を優先課題に定めているため、それぞれ協定署名が出来る状態にある。


ロシアの脅迫


 ウクライナは2012年3 月に連合協定署名に向けた準備段階を終え、ヴィリニュスで11月28日と29日に予定される首脳会談において、最終的文書にまさに調印しようとしていた。ウクライナはこの東方パートナーシップの中では重量級の国である。約4600万人の人口を擁し、EU の東方窓口に位置し、EUの投資家や経済専門家の目には経済・農業・資源の黄金郷のように映っている。自由貿易圏の確立によって、生産構造の近代化とビジネス環境の安定化が行われ、著しい経済成長の展望が開かれるだろうと、多くの研究が予測している。キャサリン・アシュトンEU外務・安全保障政策上級代表は、ウクライナが連合協定の署名を断念したことで「多くを失った」と述べた。

  しかしウクライナがEUに受け入れられるためには、民間企業でも公共部門でもリストラが求められ、ヨーロッパの生産物との厳しい競争にさらされ、多大な努力(多大な犠牲という意味だ)が要求されるだろうが、それに対してEU側からは財政上の埋め合わせを提供してくれるわけではない。交渉の断念に対する公式な弁明は、ウクライナ経済に対する「安心感の付与」を理由としている。「このような連合協定は、言ってみれば植民地的性格を反映しているのです。扱われている国々がそれぞれにどんなに違っていても、交渉を進める方針というのは同じアプローチをとるのです」と、キエフで職務についているある西側の外交官が匿名でこう認めている。「ウクライナが求められている、アキ・コミュノテール(注1)の受け入れと市場の開放は、ヨーロッパの投資家にとっては、ウクライナの企業にとってよりもずっと大きな利益になるでしょう。ですから交渉の断念によって多くを失ったのは、EUも同じなのですがね…」

  外交政策に関してEUは敗北を喫した。ウクライナはこの地域において地政学上中心的な存在であり、この国がなければ東方パートナーシップや欧州の拡大、EUの東欧近隣諸国との安定した関係の見通しは開けなくなる。「プーチン氏に政治のオスカーを取られてしまいました」と、元大統領ヴィクトル・ユシチェンコ氏は私たちとの会話のおりにこうもらした。ロシアのプーチン大統領はウクライナという国を、ロシアの歴史的かつ精神的な揺籃の地としてとらえているので、当然のことながらウクライナとEUとのどんな接近についても公然と反対していた。さらにプーチン氏はウクライナが関税同盟に参加するようにヤヌコヴィッチ大統領に強く促した。この関税同盟はロシアがベラルーシとカザフスタンとの間に結び、もうまもなく2015年に結成される予定の、壮大なユーラシア連合[ロシアを中心とした中央アジア地域の国々の地域連合構想――訳注]の母胎になるものだ。ロシアを軸としたその計画は、EU=ウクライナ自由貿易圏の設立とは相容れないものである。このEU=ウクライナ自由貿易圏は、連合条約が結ばれていれば実現していただろう。

  ロシアはウクライナが協力するならばたっぷりと見返りを与えると約束した。しかし協力しないならば、天然ガスの供給や財政的あるいは民族・文化的な緊張が増すかもしれないと重ねて警告した。7月末、ロシア政府はロシア国内でのウクライナ製のチョコレートの販売を禁止し、8月中旬にはウクライナのすべての生産物に対する全面的な輸入禁止を宣言した。この時、プーチン氏の顧問であるセルゲイ・グラジエフ氏は、もしウクライナが連合協定に調印するなどという「自殺的な決断」をすれば、厳しい国境管理を永続的に課すことになると宣告した。ラーダ(最高議会)の与党である地域党の議員ヴォロディーミル・オリニク氏は、「ロシアがウクライナをユーラシア統合計画の鍵となると考えていることは誰でも知っています。しかしこんなことをするのは、パートナーとして洗練されたやり方とは言えません」と述べている。


干渉を拒否するウクライナ


 しかし、ヤヌコヴィッチ大統領はウクライナに対するEUの期待を長期にわたって度々裏切っているが、かといってロシアにとって重要な関税同盟に加わるという約束はしていない。「大統領と彼の《ドネツィク[ウクライナの東にある都市]派》は経済政策に関してはナショナリストです。EUにもロシアにも支配権を譲るつもりはありません」と、ジョンズ・ホプキンズ大学の研究者タラス・クジオ氏は述べている。「彼らは《グローバル化以前の》国に住みたいのですよ」。すなわちロシアからもEUからも干渉されない国である。「ファミリー」、つまり非常に専断的な大統領の側近たちのことだが、ここ数ヶ月間ウクライナの支配を強めている。経済・政治・司法のどの分野をとっても、どんな勢力も彼らの成果に疑問を付することが出来ないようにしている。

  ユーリア・ティモシェンコ元首相は、2011年から職権乱用の容疑で投獄されており、EUは彼女の解放を求めているが未だに実現していない。これをめぐるウクライナ政府のどっちつかずの態度はジョージ・オーウェル式「二重思考(注2)の様相を呈しているとクジオ氏は言う。常に二つの可能性を手放さない態度をとり続けているために、この国の政府はEUとロシアの間をジグザクに進むことになっているだけでなく、社会を腐敗させる本質的な問題に取り組むことが出来ない。キエフから見ると国境は、国家的自立と孤立主義との間で混乱したままだ。





(1)EU加盟が認められるためには、その国は必要な法整備を行わねばならない。この法的基準になるのが「アキ・コミュノテール」(aquis communautaire)と呼ばれるもので、すべての加盟国を拘束する共通の権利義務のこと。――[訳注]
(2)二重思考(ダブルシンク)とは、ジョージ・オーウェルの小説『1984年』の中で描かれている思考能力のことで、相矛盾する2つの信条を同時に持ち、それらが矛盾しあうことを承知しながら両方を信奉すること。――[訳注]


(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2013年12月号)