被害は誰のせいなのか?


フィリピンを襲った台風ハイエン


ジャン=クリストフ・ガイヤール(オークランド大学教授)

ジャク・ロム・D・カダグ(モンペリエ開発研究所研究員)

両著者は、エマニュエル・M・リュナとの共著で、論文「Sa kandungan ng
kalikasan フィリピンの災害、環境、発展」«Sa kandungan ng kalikasan :
catastrophes, environnement et développement aux Philippines»を執筆。
当該論文はウィリアム・ゲライシュ編『現代フィリピン』(未邦訳)
William Guéraiche (sous la dir. de),Philippines contemporaines,
Irasec - Les Indes savantes, Bangkok-Paris, 2013所収。



訳:上原秀一


 史上最悪の規模に属する台風に見舞われたフィリピンは、その傷を癒やすのに苦労している。フィリピンは、災害リスクの軽減において最も優れた国の一つと言われているが、指導者たちは責任逃れのためにスケープゴート捜しに走る傾向がある。[フランス語版編集部]





洪水増加の人為的な原因

 1950年から2012年までの間に536件の大規模災害がフィリピンを襲った(注1)。災害疫学研究センター(CRED)のデータベースからそれが分かる。このような大災害は人目を奪うものだが、次の事実を忘れてはならない。毎日、何千人ものフィリピン人が小規模な地滑りや洪水に直面し、食品の安全を脅かされ、健康や子供の教育に対する被害を受けているという事実である。しかし、このような状況の根本にある原因に取り組むのではなく、犯人捜しに終始する傾向がある。「自然」や「悪人」や「貧民」が犯人にされるのである。

 フィリピンは、不安定な地質を持っている。また、世界的な気候変動の影響下にあって、年間20回以上の台風が通過する。だから、自然が小規模な地滑りや洪水の原因であるというのは、科学者の目から見ても、マスコミの目から見ても、政治家の目から見ても明らかである。しかし、スペイン植民地時代の末期から記録されている気象データや地質データを見てみると、台風や地震、火山の噴火、津波などの件数は、19世紀末よりも今日の方が多いとは言えないということが分かる。例えば、1881年から1898年までの間には、平均で年21回の台風がフィリピンを襲っていた。20世紀後半には15回であった。

 たいていの災害には洪水がつきものだが、今日ではそれがいっそう頻繁に起こるようになっている。しかし、その原因は、降水量の増加でも海面の著しい上昇でもない。原因は、むしろ主要な河川の河口地帯における急速な(堆積物の)沈降にある。家庭用水や農業用水のために地下水をくみ上げる量が増えているからである。地滑りも増えているがそれも同じことだ。その最大の原因は、大規模な森林伐採と地盤の浸食という二つの現象にある。これらは、自然現象ではなく人為的な現象である。


原因はゲリラか、違法森林開発業者か、貧民か

 「悪人」というのは、国家の敵という意味である。そこには新人民軍(NPA)のゲリラと違法森林開発業者が含まれる。違法森林開発業者は、森林伐採とそれに伴う地滑りの原因になっていると非難されている。しかしながら、材木伐採夫たちが何の処罰も受けずに仕事をできているのは、それは彼ら自身に権力がないのだが、地方政治の責任者たちによる支持を取り付けることができているからである。また、NPAは、何よりも政府の新自由主義的な政策に反対して、環境保護を革命的要求の柱の一つとして主張している。

 「悪人」の中には、国家とその仲間である教会とによって宣言された道徳的価値を尊重しない者も含まれる。多くのフィリピン人にとって、特定の道徳的・宗教的価値に背くのは、神の罰に身をさらすのに等しい。1995年に大災害が連続した直後に、宗教指導者のエディー・ヴィラニューヴァ氏は、「私たち国民を大災害が襲うのは、偶然ではありません。神の言葉の真理に対する私たちの反逆の結果です。このことを私たちは知らなければなりません」と述べた。

 政府とマスコミは、不法居住地に住む貧民に対しても怒りをあらわにする。彼らは、河川の流れをせき止めたり運河にゴミを投げ捨てたりして洪水を酷くしていると非難されている。また、山間地帯の数多くの村では、焼畑農業を行ったり、木を切り尽くしたりしているが、これも大規模な森林伐採や地盤の浸食の原因になっていると言って非難されている。だから、2009年に恐ろしい大洪水がマニラを襲った直後に、政府担当者は、次のように述べたのである。すなわち、「この人たち(40万人の不法居住者のこと)を危険地帯から移動させ、戻ってくるのを禁じるよう、極めて強く推奨します」と(注4)。まるで貧民たちが好きでそうしているかのようだ。彼らは、生活費を捻出するために、危険な地域に居住せざるを得ず、その結果、環境を悪化させているに過ぎない。恐ろしい自然から身を守るすべを持つことなくそうしているのである。彼らにとっては、季節ごとの増水や地滑りの脅威、あるいは10年ごとに起こる火山の噴火の脅威は、空腹と戦う必要と比べれば重いものではないのだ(注5)。

 最も貧しい人々は、日常の生活費を捻出して身を守る能力に欠けている。これを知識の不足によるものと説明することはできない。不平等な財産配分によって説明すべきである。このことはまったく正しい。いかなる災害においても損害は不平等になるのだからである。持ちこたえる建物があれば、倒壊する建物もある。生き延びる人がいれば、命を落とす人もいる。現在我々は、台風ハイエン(フィリピン名ヨランダ)の通過の後でそれを目の当たりにしている。この大災害のせいで、家を持ち、栄養を取り、政治の場面で意見を聞いてもらうことに困難を抱いている人々は、その困難がいっそう強くなっている。財産と身を守る手段が不平等に配分されているのは、植民地時代の負の遺産の結果である。また、国家の現在の政治・経済戦略の結果であり、国際情勢がもたらす重大な影響の結果でもある。


植民地時代の負の遺産の重み

 3世紀半に及ぶスペインの植民統治(1565~1898年)によって、閉鎖的な特権階級が形成された。彼らは、国内の土地と資源の大部分を所有した。スペインが去った後半世紀間のアメリカによる統治も、この状況を強化しただけであった。このため、21世紀初頭には、約10%のフィリピン人世帯が国内の富の33.9%を所有し、最も貧しい10%の層は富の2.4%しか持たないという状況に至った。こうした格差は、農村地帯において特に顕著である。農家の3分の1が自ら耕作する土地の所有者ではない。土地を持たない農民の多くは、地滑りの危険にさらされた山地に移住したり、あるいは火山の斜面に移住したりするほうがましだと考えている。労苦の産物を自分のものにすることができるからである。平地に住んでいれば、収穫物の50~75%の地代を大地主に支払わなければならない。こうして、恐ろしい自然にさらされた地域に移り住む人が増えている。以前は危なくて人も住まなかったような場所に、である。このような移住によって数多くの惨事が引き起こされている。

 国の政治・経済戦略もこの現象を強化してきた(注6)。1960年代以来の歴代政府が新自由主義の原理に立脚してきたからである。1990年代には、水道や電気など数多くの公共サービスが民営化された。それは、権力者の周辺には利益をもたらすものだったが、最も貧しい人々からは生活保障の手段をさらに遠ざけるものとなった。これと並んで、国が輸出を奨励した結果、商業に組み入れられた体制の信奉者たちが誰よりも利益を得ることとなった。森林資源が簒奪された結果、数多くの地滑りが発生した。ついには、国際商取引への門戸開放によって農産物加工分野の多国籍企業などが国内に進出し、状況の悪化をさらに加速させた。そして、小規模農家を土地から引き離し、旧来の地域共同体を解体し、彼らから生活の糧を奪うことにつながった(注7)。

 それに伴い1979年以降、フィリピンには構造調整計画が押しつけられ、それに基づく基本方針が数多く示されてきた。低価格の農産物が大量に流入し、国内固有の市場は消滅した。多くの農民は、それに対してなすすべもなく、環境を破壊するような生活の糧に頼らざるを得なくなった。あるいは、自然現象にさらされた周辺の土地に移住しなければならなくなった。さらに、2000年代には、対外債務償還費が国内総生産(GDP)の約10%を占めるに至り、保健や教育の分野に対する支出が削減されてしまった。最後に、貿易のグローバル化と原料や食糧の価格の不安定化とによって、最も小規模な生産業者が、日常の生活費を捻出するために危険を冒さなければならなくなってきた。今後は、米などの主食品の価格高騰に耐えるために、フィリピン沿岸地域の漁業従事者たちは、生命の危険を冒して、波の高い危険な水域まで出かけていかなければならなくなるだろう。


極めて政治的なNGO

 植民地時代のこうした負の遺産や今日の政治・経済状況のせいで、最も貧しい人々を弱い立場に追いやっている根本的な原因は、彼らの手ではどうしようもないものになりつつある。しかしそれでも、彼らは極めて幅広い知識と技能やその他の内発的な能力を発揮して、国を襲う災害の連続にかろうじて耐えることができている(注8)。こうした能力には、過去に経験した様々な出来事だけではなく、連帯のネットワークやトンチン年金[共同出資者が死亡するごとに、その年金を受け取る権利が生存者に委譲される年金制度――訳注]、伝統的な建築や医療、狩猟・漁業・採集も含まれる。それだけではない。非政府組織(NGO)によって支えられた共同体組織の濃密で非常に活発なネットワークも存在している。

 NGOの多くは、マルコス大統領による独裁体制(1965~1986年)との戦いから生まれてきた。これらのNGOは、政府に強く反対する立場を保ち続けてきた。社会格差の問題をめぐっては、とりわけ強く政府を批判した。世界中から注目を集めている彼らの活動のおかげで、フィリピンは、住民参加型の災害リスク軽減策において先駆的な国の一つとなっている(注9)。残念ながら、こうした計画や取組は、長期的な展望を欠く一時的なものにとどまっている。国内に広く普及させるには、こうした実践を制度化することが必要である。したがって、国の強い関与が必要である。

 地方において先進的活動が多様化し、社会からの圧力が強まった結果、2010年5月に新しい法律が制定された。この法律は、国際的なレベルで模範的な法律と見なされている。なぜなら、同法は、非政府活動の関係者の参加を増大させようとするものであり、政府が推進する取組に共同型・住民参加型の先進的活動を組み込んでいこうとするものであるからだ。また、政府は、災害リスクを軽減するために地方政府が公金と人員を自由裁量で使えるようにしている。こうした取組の実施はいまだ統一性を欠いているものの、新しい制度を上手に使った地方自治体は、台風ヨランダの被害を最小限に抑えることができた。サマール島のギワン市やセブ島沖のサンフランシスコ島がそれに当たる。人的・物的な資源を動員して、事前に避難計画を立てることができていたからである。

 しかしながら、NGOが活発に活動し、そのための有益な制度が確立されていても、それだけでは十分ではない。不安定な最貧困層が生み出す社会格差はまったく改善されないからである。森林伐採対策の例がわかりやすい。材木の伐採を禁じる法令は山ほどある。しかし、違法森林開発は、国中で行われており、地滑りによる災害が相次いで起こっている。たとえば子供など弱い立場の社会グループのあり方は改善されているが、その他は相変わらずなのである。こうした状況にあって、我々は、台風ヨランダの通過が引き起こした甚大な被害が電気ショックのような役割を果たすのかもしれないと期待することもできるだろう。






(1)死者10人以上の災害、被災者100人以上の災害及び国際援助が必要な災害を足した数。

(2) Philippe Revelli, «Philippines, terres à l’encan», Le Monde diplomatique, octobre 2012を参照。

(3) Eddie Villanueva, «RP’s disasters not incidental occurrences», Philippines Star, Manille, 7 octobre 1995.

(4) Cecil Morella, «400,000 lakeshore squatters key to fixing floods», Philippine Daily Inquirer, Manille, 8 octobre 2009.

(5) Cf. People’s Response to Disasters : Vulnerability, Capacities and Resilience in Philippine Context, Center for Kapampangan Studies, Angeles City, 2011.

(6) Walden Bello, Herbert Docena, Marissa de Guzman et Marylou Malig, The Anti-Development State : The Political Economy of Permanent Crisis in the Philippines, université des Philippines, département de sociologie, Quezon City, 2005.

(7) Robin Broad et John Cavanagh, Plundering Paradise : The Struggle for the Environment in the Philippines, University of California Press, Berkeley, 1993.

(8) Greg Bankoff, Cultures of Disaster : Society and Natural Hazard in the Philippines, Routledge, Londres, 2003.

(9) Annelies Heijmans et Lorna P. Victoria, «Citizenry-based and development-oriented disaster response : Experiences and practices in disaster management of the Citizens’ Disaster Response Network in the Philippines», Center for Disaster Preparedness, Quezon City, 2001.



(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2013年12月号)