芸術愛だけで働けるのか?


労働協定の映画界への拡大適用、顛末記


ウジェ二オ・レンツィ

(ジャーナリスト)


訳:石木隆治


 数ヶ月にわたる論争のあと、2013年10月初頭になって、フランス映画技術者の給与に枠をはめる初めての労働協約が結ばれた。当初案に反対する人々は、この協定が作家主義の作品、低予算の映画に有害な結果を及ぼすのではないかと懸念していた。そうした作品群がすでに経済危機のせいで弱体化しているからである。フランス映画の危機は去っていない。[フランス語版編集部・日本語版編集部]





労使協定の実施に向けて

 「この労働協定は映画監督をバカにしている! モラルが低い! 私の創作にも自由にも、そして映画哲学にも干渉してくるつもりか?  作家や画家に向かって作品をこう書け、こう描けと命令しているのと同じではないか!」。これは、『アデル、ブルーは熱い色』で2013年カンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞したアブデラティフ・ケシシュ監督の反応だ。どのようなおぞましい制約が彼の感性を脅かしているのだろうか?  これから作る映画のテーマを、政府が監督たちに押しつけようというのか?  それとも、検閲委員会が不適切なシーンをスクリーンから追放しようとしているのだろうか?  いや、そういう話ではない。これは給与協定、すなわち安い給与で人を働かせてはならないとの、映画会社へのお達しなのである。

 労働の世界では、映画業界は特殊な分野だとみなされている。映画製作には高度な特殊技術を身につけた人材を必要とするが、そういった人たちは一定の期間だけ集中的に雇われる。それ故に多くの国では、映画業界には《労働協約》を取り決めることで労働・給与体系を統制し、特別な法的枠組みを制定しているのだ。

 フランス政府と、映画製作に関わる様々な職業の代表者たち――俳優を除く――は、8年にわたって熱い交渉を重ね、2012年1月ついに労働協定の合意に導いた。その条文はフランス法に従った労働規約に沿って作られたもので、2013年7月1日の《法令》により、全ての雇用主が遵守しなければならなくなった。これはあまり厳密な言い方ではないが、協約の「拡大適応」と呼ばれている。

 この拡大適応が再確認しているのは、労働時間が法律で週35時間に決められていること、残業は深夜労働と同じく基本給与の割り増しの対象になることなどだ。これにより、初めて監督の最低給与が保証されることになった(5ヶ月未満の契約の場合、週給2818.52ユーロ)。ただし、予算が250万ユーロ以下の映画には適用除外が見こまれる。たとえば、監督の給与が半分以上減少する可能性もある。


賛同したのは? 反対したのは?

 この協定に同意したのは、まず《全仏映画・テレビ製作技術者労働組合(SNTPCT)》で、ここは2012年の技術者労組の代表選出選挙で40%以上の票を獲得している。次に、《テレビ・映画産業専門家労組――労働総同盟(SPIAC-CGT)》が承認した。同じ代表選挙で15%の票を獲得したこの労組には映画監督も入っている。さらに、《独立系製作会社労組(API)》も承認した。この団体には、その名にそぐわないフランス最大手の製作会社、配給会社、映画館(ゴーモン、パテ、UGC、MK2など)が加入しているが、映画製作の占有率は1割弱である。《フランス労働連合(CFDT)》[現在の自由労働総同盟(CSL)――訳注]は署名せず、また《独立系映画製作会社組合》(注2)もこの協約に猛然と反対している。セドリック・クラピシュやロベール・ゲディギャンらが加入している映画人グループは「行き詰まりから脱するための呼びかけ(注3)」を昨春から展開し、「この協定に応じれば映画界全体が悲惨な状況になり、技術者自身にとって結局は非生産的なものになるだろう」と断言してきた。

 騒ぎが大きく拡がったので、協約実施は保留になった。「賛成派」と「反対派」の区分には明らかに矛盾があるように思われた。技術者たちが最大手グループの社長と同じ意見とは、いったいどういうことか?  雇用主たちは「人件費」をもっと出したいのか?  協定によって社会保障が大きく進展するように思われるのに、映画監督や中小製作会社の多くはこれに反対なのか?

 要約すると、「給与体系の見直し+組合が要求する最低賃金を全員に支払う義務+残業手当の割り増しと支払いの義務化+深夜労働手当ての割り増しと支払いの義務化」ということになろう。このクラピッシュらの「呼びかけ」は多くの賛同を得たが、その中にはジャック・オディヤール、ロラン・カンテ、ギヨーム・カネ、フランソワ・オゾンも入っていた。「呼びかけ」の内容は明確だ。彼らは「経費の増大」に抵抗し、「作品によって予算に大きな隔たりがあること」に理解を求めている。「たとえば、『トムボーイ』[2011年、セリーヌ・シアマ監督]の予算は90万ユーロだったが、『アステリクス』シリーズの最新作[2012年ロラン・ティラール監督]は6200万ユーロであり、その差は1対70である」。複数の独立系製作会社が行なった影響調査によると、労働協約の拡大適用が実施されれば、毎年、「フランスの映画やコマーシャル・フィルムの製作において、2万人分の不定期雇用、70作品の長編映画、600作品の短編映画、さらに180本のCMフィルム」が直接ダメージを受けることになる、という。とすると、大手会社としてはこれに合意するのが得策なのではないか? なぜなら、合意すれば中小製作会社は淘汰され、大手はフランスの映画市場を独占できるからだ。だが技術者に限って言うと、彼らの多くがこの協約に賛同しているのは何を意味するのだろうか?


フランス映画の三つのカテゴリー

 《独立系》の立場を理解するには、フランス映画界が運営形態や作品ジャンルによって、三つの領域に分かれていることを知っておく必要がある。商業主義映画は大衆向けに莫大な予算をかけた作品を提供する。その多くは民間会社、特にテレビ局の出資で製作され、おおむね採算が取れている。ところが映画の中には、多かれ少なかれ手工業的な作品があり、雀の涙ほどの予算でされ、映画祭に出品されるものがある。予算上の理由で作品がCNCの基準を満たすことができず、その助成金を受けられないこともよくある。このふたつのカテゴリー、すなわち《自主製作映画》と《商業映画》のあいだに、現在「中間映画」と呼ばれるものがある。「作家主義映画、語り口や演出において尊大な技法を用いた映画などがその中に入る。予算不足のために製作ぎりぎりの縁に立っていることが多い」。(注4)こうした三つのカテゴリー間に明確な境界線を引くことは難しい。映画作品――およびその製作会社――の大多数がグレーゾーンに位置するのだ。《商業主義映画》と《中間映画》のあいだに、そして《中間映画》と《「独立性」が強すぎて非常に不安定な映画》のあいだにグレーゾーンが存在するのだ。

 一般的に言って、《中間映画》は映画の分野としては最もCNCの支援を受けようとしており、その基準にそって製作しようとしている。また実際多くの場合そのようにして助成を受ける。理想的なパターンをいうなら、プロデューサーがその映画のプロジェクトを一手に引き受けて脚本家の報酬を約束し、映画製作が進行していく途中で製作に順次加わるスタッフ全員に報酬の支払いを行っていくのである。プロデューサーはこのような出費を根拠として、製作からポストプロダクション[撮影後の編集・音合わせなどの作業段階―-訳注]さらに配給まで、必要な資金援助をCNCに求めることができ、そうして受け取った援助資金が映画製作の主たる財源になるのである。小規模のプロデューサーたちは、プロジェクトの予算が充分ではないので、大抵の場合は技術者にSMIC(最低賃金)に基づいて報酬を支払う。しかし技術者たちは、不定期労働者に対する手当の受給資格獲得に必要な基準を達成できるように、さまざまな時間の操作方法を心得ている。このようにして企業の代わって、不定期労働者金庫が彼らの賃金を支払っているのである。低予算の作品の世界で多少なりとも働いた者はこうした方策を身につけている。ある人々にとっては、とても小さな会社を支えること、あるいは珠玉の作品を生み出すために闘うことに大きな意味があるので、それに比べれば大きな会社に雇われてよい給料をもらうのもそれほど魅力がない、ということだって考えられないことではない。なにがしかのグループに加わり創造的活動に関わっているのだという思いを実感できることも、一種の報酬であろう。よい賃金を犠牲にすることで、同じ釜の仲間意識に加わるのだ。


合意へ

 しかし、この大不況のせいで、「グレーゾーン映画」の体制は弱体化し、その結果、存続の危機に瀕している。大部分の零細プロデューサーはあっぷあっぷの状態である。100人の映画関係者と俳優がフランス共和国大統領に送りつけた書簡(2013年9月30日付)は、「労働協約の拡大適用を全ての雇用者に一律適用することは「過剰徹底主義」であり、第七芸術の「芸術的特殊性や映画製作に必要な機敏性を否定し」、特に撮影期間中にこれらの制約を付け加えることは、「映画の質に有害となる」一方であると主張する。もっと悪いことに、「映画の芸術面と技術面との間で長年支えあってきた配分が永遠に崩れてしまうこともあり得る」のだ。

 拡大適用の反対者は皆、小規模(時には極小規模)・中規模予算のフランス映画こそが、世界で高い評価を受けているのだと断言している。それゆえ、反対者たちは適確に予算規模に合わせて拡大適用を実施することを提案してきた。この論争は、2013年10月8日深夜に補則条項の追加に至り、当事者たちは多かれ少なかれ満足した。それは法律で映画製作の三つのカテゴリーを作ることである。第一は、いわゆる低予算の映画(予算見込みがおおむね100万ユーロ以下のもの)は、6ヶ月の賃金支払猶予の対象とする。第二は、おおまかに言って予算300万ユーロ以下の映画は、残業時間の割増率を低く抑え、あえて賃金表に抵触することを容認される。それ以外の映画、特にかの有名な「中間」映画は、協定を実施しなければならない。

 終わりよければ全てよしといえるだろうか? 財源調達の問題を賃金に結びつけることが改善といえるかどうか確かではない。最低賃金の問題を市場における映画のランク付けに結び付けたり、文化的特例を社会的特例として取り扱うことが進歩といえるかどうかもまた確かではない。

 補則条項は、「それぞれの製作活動は『それぞれの特殊性』を持ち『映画の多様性』を維持することを強く望む」ことを了承し、部分的には作家映画を「保護」している。そうはいっても、やはり映画は危機的状況にあり、危機は財政面や芸術面のものであって、危機の原因はこの後も続くことに変わりはない。今日必要とされることは、将来の見通しである――すなわち政策なのである。






(1)Liberation, Paris, 5-6 octobre 2013
(2)《独立系映画製作会社組合(SPI)》の正確な定義は難しいが、当該団体自体は自らを「配給・通信会社とは無関係」な団体と説明している。
(3)Libération, 28 avril 2013.
(4) Pascale Ferran, «Je m’inquiète pour les films du milieu», Le Monde, 3 avril 2013.


(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2013年12月号)