シリア危機が示すもの

引き裂かれるアメリカ外交政策


マイケル・T・クレア

 ハンプシャー大学教授、世界平和安全保障問題専攻。近著に
『枯渇する天然資源――最後に残ったものを世界中が奪い合う』(未邦訳)がある。
Michael T. Klare, The Race for What’s Left : The Global Scramble for
the World’s Last Resources
, Metropolitan Books, New York, 2012


訳:仙石愛子


 アメリカとフランスによるシリア爆撃の見込みが、わずか数日でアメリカ・ロシア間の交渉へと様変わりした。イランはここまでは、シリアを無条件で支持する立場に固執していたが、変化の兆しが垣間見えている。こうしたやりとりは国際秩序の変化を反映しているといえる。現在の国際秩序は冷戦終結以来再構築に苦労しており、集団的安全保障の原則そのものを転覆させかねない状況となっている。アメリカの地盤沈下だけではなく、中東やマグレブ地域を揺さぶっている紛争の拡大のせいで、国際秩序は外交的な駆け引きの場に戻されることになるだろう。常にイランを抑えつけ、イスラエルやサウジアラビアをなだめてきたアメリカは、次第に中国を中心としたアジアの方に力を移さざるを得ず、そのために中近東政策はこれまでとは異なったものにならざるをえないだろう。なお本記事はオバマ大統領のシリア介入断念の直前に書かれた。[フランス語版・日本語版編集部]





アメリカのシリア政策


 オバマ大統領はシリア内戦の初期から、アメリカの直接介入は避けたいと表明していた。その理由は、アメリカがすでに中東での戦争にかかわりすぎてきたこと、今回のシリア内戦はアメリカの基本的な国益を脅かさないこと、である。にもかかわらず、8月21日にシリアで化学兵器が一般市民に向けて使用された直後、アメリカは限定的軍事攻撃を行なうといってシリア政権を威した。この豹変は一体何を意味するのだろうか? なぜシリアの内戦が突然、アメリカの戦略的優先順位の上位に昇ってきたのだろうか? なぜことさらこの時だったのだろうか?


 その時まで、シリアの内戦はアメリカ外交において取るに足りない位置しか占めていなかった。2年にわたって10万以上の死者を出した流血の戦闘のあとですら、政界の大多数が直接介入には反対していた。オバマ大統領は、敵対者であるシリアのバシャル・アル=アサド氏に権力の座から降りるよう呼びかけたり、世俗派や穏健派の抵抗グループに技術的軍事支援を約束するなど、最小限の役割を果たして満足していた。彼はこういったグループから重装備武器の提供を要請されても拒否し、現地における力関係を有利に修正しうる行動をとることも拒否していた。


 大量殺戮と市民の巻き添えが拡大する状況に直面したオバマ大統領は、2012年に反体制グループへの援助を増やし、小規模ではあるが軍事作戦のシナリオの検討を受け入れていたのは確かだ。しかしそれは、アサド大統領が「レッド・ライン」を越えない限り、すなわち毒ガス兵器を用いたりそれを体制側武装グループに供与しない限り、攻撃は実施しないと即座に明言した上でのことである(注1)。


 8月21日にシリアで起きた化学兵器による襲撃は、アメリカ大統領が公然と引いた《限界》を侵したために軍事的反応を呼び起こしてしまった。介入しなければ、この世界最強国家は「国際社会」の中で信用をなくしてしまうだろう。「行動に移ることを拒否すれば、これまでわが国が署名した全ての安全保障の約束の信頼性を傷つけることになるでしょう」とアメリカのヘーゲル国防長官は説明した。「アメリカ合衆国という《名前》はそれなりの意味を持たなければなりません。それはわが国の外交政策と他国との同盟関係においてきわめて重要な要素なのです」(注2)。


 シリア攻撃に対するアメリカ世論の反対が強くなっている間に、政府の戦略的もくろみが2つの要因により変質してしまった。1つは、シリア内戦に対して地域の関係諸国家が及ぼす影響である。そういった国々は国益を守るために事態を利用して、武器を配送し直接戦闘にも参加する。要因の2つ目はアメリカの戦略的敵対者、たとえばイランとかヒズボラ(注3)の存在感が次第に大きくなっていくことである。シリアをアメリカ国益の周縁部に保持しておこうというオバマ大統領の欲は、ヘーゲル氏によると、アメリカのこういった「手抜かり」を利用しようとする様々な利益グループの目論みとぶつかることになったという。


 アメリカから見ると中東は2つの重心によって引っ張られている。西のイスラエルと東の産油王国群である。イスラエルが同盟国として今なおアメリカの中東政策のかなめである一方、湾岸諸国はエネルギーの保有者およびイランに立ち向かう拮抗勢力として重要な役割を維持している。この数十年間、アメリカにとっての戦略的利益は、イスラエルとサウジアラビアの安全保障を請合った上で、ペルシャ湾岸産出の石油を支障なく世界の市場に流通させることだった。この政策によって地域諸問題へ大規模な介入が行なわれ、場合によっては軍の派遣となって現れたのである(注4)。


シリアを弄ぶアメリカ


 このようなわけでシリアはこれまで、イスラエルや産油諸国の利益に干渉してくる範囲内でしかアメリカの関心を引いてこなかったのだ。では、1990年にブッシュ[第41代]大統領のもとに対イラク多国籍軍が集結したとき、なぜアメリカはシリアの参加を熱烈に賞賛しのだろうか? それもシリアがレバノンのヒズボラを支援していることを強く非難しながら、である。多国籍軍にとってもシリアはほとんど重要ではなかったのだ。


 2011年にいわゆる「アラブの春」が起きたときでさえ、シリアへのこういった冷淡さは変らなかった。つまりアメリカはエジプト、リビア、イエメンの政治的過渡期では決定的な役割を果たしたにもかかわらず、シリア危機では傍観者のままだった。シリアがアメリカ政治の駆け引きの場で目立つようになったのは、地域勢力の注目がシリアに集まった時だけだった。


 反面、イスラエルの指導者は隣国シリアの内戦の成り行きに不安を募らせている。アサド大統領のヒズボラ援軍への依存度が増してくれば、シリアから大量の武器がレバノン南部に搬送される可能性があるからだ。その一方で、アメリカの重要な同盟国であるヨルダンには戦禍を逃れる避難民が流入し、もとより脆弱なヨルダンはさらに不安定になるだろう。一方産油諸国はかつて、危機を利用して対イラン代理戦争を開始したことがある。各陣営は互いの介入を阻止しようとするのである(注5)。


 去る5月31日、カタールで影響力を持つスンニ派の高位聖職者ユースフ・アル=カラダーウィー師が全世界のスンニ派へ向け、ヒズボラやイランと戦うためにシリアへ赴くよう呼びかけた。両者は「イスラムの敵」と呼ばれていた。


ロシアの野望


 こうした錯綜ぶりでさえも不十分であるかのようだ。ロシアは長い間、多くの共通利益をシリアと分け合ってきた。特に、タルトゥーにある海軍基地――旧ソ連領土を除いて唯一のロシア軍事施設――、そして武器供給(戦闘機、超改良型ミサイル等々)の契約である。契約額、これはいつも支払いを受けたわけではないが、40億ドルを超えている。さらに、この国へのロシアの投資(インフラ、エネルギー供給網、観光業などの改善)は、年間平均約200億ドルに達している。一例としては、天然ガス処理工場がホムスの東 200km の地点に誘致され、ストロイトランスガス社――モスクワに本社を置く企業――によって建設された(注6)。


 ホワイト・ハウスの軍事顧問たちはロシアの実力を見逃さず、何ヶ月ものあいだ熱心に軍事介入の準備をし、アメリカ単独でもその影響下にある地域は手つかずにすみそうだ、と予測していた。6月にオバマ大統領はシリアの反体制側に戦闘用武器と、すでに供給していた「非致死性」武器を送ることを決断したが、これは方針転換の表われだった。同時に大統領は紛争の非軍事的解決をもめざし、外交的アプローチを強化することも決めていた(注7)。


 匿名希望の複数のホワイトハウス軍事顧問によると、1年前、《メキシコ・ロスカボスG20サミット》[2012年6月開催]の際に非公式にこういった議論は始まっており、この時オバマ、プーチン両大統領はアサド政権の化学兵器廃棄について長時間話し合ったという。


 ある意味、こういった戦略地政学的な再位置づけは、アジア・太平洋地域における自国の威信を再確認しようというアメリカの意志――2年前、大統領が表明した――の副産物である。本来優先すべきは、当地域におけるアメリカの影響力の低下に決然と立ち向かうこと、そして大きなライバル中国の、しだいに強まるヘゲモニーを抑止することである。しかしアメリカはこれまでイラクやアフガニスタン戦争に専念して、アジアをおろそかにしていた。振り子の論理により、アメリカが主眼をアジアに移せば中東には空白ができ、イラン、ロシア、その他の国がそこを利用して覇権争いをする。こういったことがアメリカに懸念をつのらせる。このことと、オバマ大統領がシリア政権に対して突然、強い態度に出たこととは無関係ではない。


 アメリカ大統領は外交プロセスに力を尽くしながら、一石二鳥の策を講ずる。まず1つ目は、交渉の過程でロシアを最優先し、「国際社会」のスポットライトをこの国にあてる。こうすることでロシアは再びこの地域を不安定にすることは諦めるだろう。次に、シリアの貯蔵毒ガスの没収と廃棄――そのためにどのような技術、後方支援、財政面での支援を行なうかについてはまだ不明――はイランに対し、より高い柔軟性を促すことができるかもしれない。イランの核兵器計画に対する国際社会からの圧力にイラン自身が直面することになるからだ。


 アメリカが自己の見解を世界全体に押しつける時代は終ったようである。アメリカ政府は今後、常に両立できるとは限らない2つの目標を巧みに処理することになる。すなわち、アジアでその立場を強化しながら中国の影響力にブレーキをかけていくこと、もう一つは、シリア問題に取り組んで、イランやロシアの地域征服欲を抑えることである。






(1) James Ball, «Obama issues Syria a “red line” warning on chemical weapons», The Washington Post, 20 août 2012.
(2)チャールズ・ヘーゲル氏の2013年9月3日の上院外交委員会での声明。
(3) Alain Gresh, «De l’impasse syrienne à la guerre régionale», Le Monde diplomatique, juillet 2013.
(4) Michael T. Klare, Blood and Oil, Metropolitan Books, NewYork, 2005; Michael Palmer, Guardians of the Gulf, Free Press, New York, 1992.
(5) Tim Arango, Anne Barnard et Duraid Adnan, «As Syrians fight, sectarian strife infects Mideast», The New York Times, 1er juin 2013.
(6) Yagil Beinglass et Daniel Brode, «Russia’s Syrian power play», The New York Times, 30 janvier 2012.
(7) Mark Mazzetti, Michael R. Gordon et Mark Landler, «US is said to plan to send weapons to Syrian rebels», The New York Times, 13 juin 2013. Peter Baker et Michael R. Gordon, «An unlikely evolution, from casual proposal to possible resolution», The New York Times, 10 septembre 2013.


(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2013年10月号)