新ダムにかけるエチオピアの夢

ナイル河を押さえるのはどの国か?


ハビーブ・アィエブ

作家。主要著書に『中近東の水戦争は起こらない』(未邦訳)
Habib Ayeb, L’Eau au Proche-Orient. La guerre n’aura pas lieu,
Karthala, Paris, 1998. がある。


訳:仙石愛子


 ナイル河流域の地政学的状況は突然、変化した。エチオピア政府が青ナイル川に《ルネサンス・ダム》を建設すると公式発表したからだ。この決定によりエジプトは水不足になるという本能的な恐怖に襲われ、ナイル河の支配権をめぐる流域の緊張をさらに高めている。[フランス語版編集部]





「歴史的な水の権利」


 「私はエジプト大統領として貴国に明確に申し上げたい。交渉のテーブルには全ての選択肢が用意されている」と、去る6月10日にムハンマド・モルシ氏は警告した、「エジプトはナイルの賜物であり、ナイルはエジプトの賜物である」。青ナイル川に《グランド・ルネサンス・ダム》を建設するというエチオピアの決定にエジプトがどう反応したかを見れば、この流れるリボンとも言うべき河にエジプト人の生活がいかに依存しているかがよくわかる。


 その翌日、エチオピア外務省のディナ・ミュフティ報道官は、「わが国はエジプト(が仕掛けた)心理戦にひるむことなく、ダム建設を一秒たりとも中断しない」と反駁した。同国はナイルの水に関してエジプトは歴史的な権利を持つという考え方を認めておらず、むしろ積極的に「植民地時代の不当な権利」として問題視してきた。


 この2世紀ものあいだ、無視され軽んじられてきたエチオピア――ナイルの水の8割はこの国の水源から発している――は、ナイル河流域に対する別の考え方や他の水分配方法を認めさせようとしているのだ。


権威を喪失した大国、エジプト


 エジプトはこの2世紀近くにわたり、ナイル河流域を支配する大国であり続けたが、最近はアラブ諸国の混乱、経済成長率の連続的低下、開発の中断などに遭っている。いずれのファクターも、エジプトをナイル河流域の単なる一国という地位に押し戻すことになり、エジプトは行動能力全体を剥奪されている。


 河口に位置する国エジプトは水の調達を全面的に他国に依存しており、それは専らナイル河を通して確保されている。ナイル河の水源はエジプトの南の国境線から何百kmも離れたところにある。エチオピアは青ナイル川、ソバト川、アトバラ川という名称でナイル河全水量の約8割を、他方ウガンダでは白ナイル川という名で残りの2割を供給している。


 現在までエジプトが使用できるナイル河の水量は、その分配に関してスーダンと交わした《1959年合意》の文言で定められたものである。それによると、同国の持ち分は年間で555億㎥であり、一方スーダンは185億㎥であった。ナイル河の年間の平均供給水量は840億㎥であり、残りの100億㎥はナセル湖の表面で蒸発する。この湖はアスワン・ハイ・ダムを建設した結果生じたもので、1964年に現在の水面になった。そういうわけで、エチオピアにも他のナイル河上流域の国々にも、水の配分は全く保証されてこなかった。


 十分な水量の使用権を今よりも長期的に保持する可能性はかなり制限されている。もし水源の管理が短期的に改善される見込みが薄いようであれば、考えられる唯一の手段は巨大な水力発電ダムの建設であろうが、それは何よりもまずナイル河の水源を支配している国々の善意にかかっている。ところがそのうちの一国エチオピアは、新しい分配法に関して結論が出るまでは、水力発電の共同建設には全面的に反対すると言うのだ。


外交で成功したエチオピア


 エジプトにとってさらに困ったことに、エチオピアは2010年に条約を締結し、ナイルの水および建設計画の管理形態を再検討することにした。これが《新ナイル河共同基本協定》である。ブルンジ、ケニヤ、ウガンダ、ルワンダそしてタンザニアはすでにこれに同意していた。この条約は一つの委員会の設置を見込んでいた。この委員会は署名した全流域諸国を集め、巨大水力発電施設プロジェクトを認めるか拒否するかの責任を負うことになった。ダムであれ運河であれ、水流、水量、あるいは水質に影響を及ぼしそうな他のいかなる工事であれ、同じように評価を行うことになった。


 この連盟は、《ナイル河流域会議》9カ国の中の6カ国で結成されたもので――会議は現実的な解決法を見出し、共同プロジェクトを立ち上げる任務を持つ(注1)――、流域一帯を困惑させている。エジプトが署名を拒否してきたのは、合意諸国が次のことを明示してこなかったからだ。つまり、現在の水の分配方法を変更しないと約束すること、下流域の国(エジプトとスーダン)の「歴史的権利」を認めること、であった。かくして、エジプトはルネサンス・ダム――対立の種だ――の監視権を奪われたばかりでなく、当然のように思ってきた拒否権をも、同国史上初めて奪われることになった。


 エチオピア政府はこのダムの名称を意味もなく決定したわけではない。ここで賭けられているものこそがエチオピアのルネサンスだからだ。これまで同国に欠けていた属性を備えた地域勢力となるためである。強いエチオピアは3つの関連地帯、つまり紅海、ナイル河流域そして東アフリカにおいて、最も重要な地政学的役割を果たすのだ。エチオピアは過去30年間にこの役割を果たす能力があることを2回にわたって示した。


 エチオピアは、まずスーダンに関してジョングレイ運河の掘削工事に介入――目標の360kmのうちすでに150km以上が掘り進められていた――、1983年には南北間に戦争を起こさせ(南部は2011年に独立)、ジョン・ガラン率いる《スーダン人民解放軍(SPLA)》に避難所を提供したり、武器を供給したりした。


 ソマリアにおいては、エチオピアはいわゆる「イスラム主義者」たちとの内戦に全力を注いだ。欧米列強もそれを支援したが、それは紅海の入り口にイスラム国家が建設されるのを阻止したかったからだ。


 反面、中国がこの地域へ登場したことで、エチオピアは自らに課せられた義務を遵守するという政治的要請から解放された。それは世界金融秩序およびアメリカ合衆国によって課せられた義務である――ナイル河およびエチオピアの水源に巨大水力発電施設を建設するのに必要な資金を受け取るためには、ナイル河流域諸国の全部、特にエジプトの合意を取りつけるという義務が入っていた。


 最後に、エチオピアの外交的成功がある。すなわちナイル河上流域5カ国との同盟(新ナイル河協力基本協定)を成立させたことである。これによりエチオピアは《水政学》的孤立状態から抜け出す機会を得た。同国は戦略的に極めて重要な二つの支持を手に入れただけに、この成功は驚くべきことであった。まず第一に新生国家、南スーダン(注2)からの支持であり、同国はエチオピアが促進しているナイル河の水分配に関する新しい条約に署名する用意がある。さらに驚くのはスーダンからの支持である。というのはナイル河の水の管理に関わる全てについて、この国は伝統的にエジプトと同盟関係にあったからである。


大洪水から救われるスーダン


 それというのも、スーダンが3つの利権を手に入れたいからである。まず、電気、次に灌漑用水、ならびにエチオピアとの共同農業大プロジェクトの利権である。エチオピアに作られる新ダムの水の使用は、起伏の激しい地形のせいで制限がかかるかもしれないが、たとえそうであっても、スーダンはそれよりも下流に位置するので、大量の土地が灌漑可能だ。そして最後は河の増水の制御である。これによって国土――中でも東部、ジャジーラ州の農業地域およびハルツーム首都圏――は慢性的な洪水から救われるだろう。


 エチオピアは、ルネサンス・ダムの優れた発電能力より、相当なエネルギーの自給を達成することになるだろう。すなわち2015年~2016年あたりから概算で6000メガワットを生産し、他の流域諸国、主として両スーダンへの電力輸出国となるだろう。そしておそらくはエジプトへも…。


 エチオピアのダムは地理的な位置を考えると、同国の南部・東部地域、さらに上流域の高原での灌漑開発、つまり農業生産に寄与することは難しいかもしれない。しかし、ダムに貯えられ630億㎥に達しそうな水の一部は、その周辺や下流地域での広大な灌漑農作地帯(一部の研究では50万ヘクタールと予測)(注3)の創成に役立つはずである。そしてスーダン国内でも、スーダンと協力しながら同様のことが可能となるだろう。


 自国を地域の大国に、電力輸出国に、さらには農産物や食糧の輸出国にすること、これがエチオピアの指導者たちの悲願である。






(1)エジプト、スーダンおよびコンゴ民主主義共和国も加盟している。エリトリアはオブザーバー国であり、新国家である南スーダンは今年この会議に加盟する予定。
(2) Jean-Baptiste Gallopin, «Amer divorce des deux Soudans», Le Monde diplomatique, juin 2012.
(3) «Grand Ethiopian Renaissance dam project, Benishangul-Gumuz, Ethiopia», www.water-technology.net


(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2013年7月号)