社会保障費の不正受給の真の問題点


フィリップ・ワラン

フランス国立科学研究センター(CNRS)研究主任。
社会保障未受納調査グループ(ODENORE)共同設立者。
共著に『「不正受給」の裏側――社会保障未受納スキャンダル』(未邦訳)がある。
ODENORE, L’Envers de la «fraude sociale».
Le scandale du non-recours aux droits et services
, La Découverte, Paris, 2012.


訳:石木隆治


 「生活保護費の不正受給」。日本固有の現象かと思ったらとんでもない、フランスでも大問題になっているようだ。ここ数年、各国の財政上の悪化と共に浮上してきた問題のようである。言いかえると、不正受給者いじめに熱中するというのは、どうも国民性の問題ではないらしい。もうひとつ、大事なことがある。わが国では、ほとんど論じられていないが、不正受給者攻撃には重要な副作用がある。正当な受給権利者までが萎縮して、受給を控えることだ。そのために生じる国の黒字はかなりなものになる。不正受給者攻撃に邁進する人たちは、これを狙っているのだろうか。[日本語版編集部]





不正受給者=社会の癌?


 「社会保障の不正受給。わが国経済を悪化させるこの国民的厄災」。「税金、社会保障、失業の負担を国民に押しつける不正受給者」。「『社会保障不正受給者』たちがフランスを破産させる」。「途方もない不正行為。社会保障予算から横領された150億を調査せよ」。「生活保護者で溢れるフランス。『手当』が働く気を失わせる」等々(注1)。社会保障の正当性を覆す最良の手段は、社会保障が「ざる」に似ているとほのめかすことだ。不正受給者たちは広すぎる隙間を簡単にかいくぐる。彼らの寄生根性のせいで、最後には国民の連帯の証であるはずのものが国家の危機を招来することになる、というのだ。2011年5月8日、元ヨーロッパ問題担当大臣ロラン・ウォキエ氏は、《ヨーロッパ1》での放送中にためらうことなく言った。「困窮者援助制度」は「フランス社会の癌」であると。(容赦なき!)結論として、フランスを守るためには不正受給を摘出することが必要であり、不正受給を摘出するには社会保障を受ける権利を削り取ることが必要になるということだ。


 不当に給付金を受けとっている不届き者がいないとは誰も言っていない。しかし国務院の意見書によると、「貧困者の不正受給は取るに足らないものである」(注2)。データに疑問符がつくことはあるかもしれないが、大ざっぱな見積もりはつけられる。2011年6月2日に「ティアン報告書」(《国民運動連合》(UMP)の議員で社会保障収支報告の担当者を務めたドミニク・ティアン氏による)が作成された(注3)。これによると社会保障不正受給額は40億ユーロにのぼるという。これに対して国が徴収できていない社会保障費が160億ユーロ、税金逃れが250億ユーロあり、この2種類の不正行為は企業と富裕納税者の専売特許となっているのである。


受け取りをあきらめる人たち


 ところがあまり問題になることは少ないが、こうした数々の「悪用」を巡る騒動には、縮減策支持者にとって興味深い第二の点がある。それは緊縮論者たちが正当な受給者にまで疑いの目を向けるために、多くの人々に権利の行使を断念させているという事実である。「むだ飯食い」のグループとはまた別に、あるグループ――さらにもっと大勢の――がいるのだ。彼らは自身の正当な権利である手当を受け取っていない人々である。57億ユーロの積極的連帯所得手当(RSA)、7億ユーロの追加的一般医療保障(CMU)、3億7800万ユーロの追加医療費補助取得扶助等々が、それを受給すべき人々に支払われていないのだ。これでは収支がまったく噛み合わない……。


 国民が保険金の支払い義務を果たしているにもかかわらず、権利である社会保障受給を諦める人々がいるのだから、これはスキャンダルである。たとえば、光熱費社会保障優遇制度が実施されてから2011年に終了するまでの間、1000万世帯の貧困家庭がその手当を受けていない(2005年に電気料金、2008年にはガス料金の優遇制度が実施された)。そうした未受給金が7億6700万ユーロに上っているのだ。この数字から見ると、正規料金の電気料とガス料金を支払っている非受給者がゴマンといるのである……。


 こうした状況はなにもフランスに限ったことではない。従って、これをフランスの社会保障制度の野放図ないい加減ぶりのせいにはできないのである。2004年のOECD(経済協力開発機構)の調査では、生活保護や福祉プログラムの未受給率は国によって20~40%と幅が見られる。各政府が削減すべき赤字をどれだけ抱えているかという財政的背景によって、この問題の扱い方が違うからである。


 ここ数年来、「不正受給との闘い」ばかりが広がっている。たとえばイギリスは不正受給対策が行なわれている国としてよく引き合いに出されるが、その内容には唖然とさせられる。イギリス雇用年金省は4年間(2011~2014年)でこうした対策に4億2500万ポンドを費やし、期末には14億ポンドが国庫に入ると見込んでいるのだ。社会保障の未受給が大量に見受けられたのは、第二次大戦後になってからのことである。その後、マーガレット・サッチャーやその後継者たちはこうした未受給現象ゆえに社会保障費の大幅カットを正当化した。その口実として、国民に与えられた制度が役に立っていないとしている。こうしたサッチャー流は、市民に権利行使を促すためのあらゆる措置――高くつく――を廃止するための一つのやり方である。


 要するにこうした論法によって、これほど多くの人々が請求すべき手当を放棄している理由がうやむやにされてしまっている――それは、受給権行使における社会的不平等である。個人的・制度的な事情が障壁となって、多くの権利ある人々が金銭的扶助および人的扶助を受けるのを我慢しているという事実がごまかされているのだ。アイルランドの大学教員、メリー・デイリーが欧州評議会用にまとめた報告書で、こうした「障壁」について触れている。そのなかには、家か遠かったり、交通の便が悪かったり、多忙であったり、また、申請で定められた規則や書式が複雑であるとか、申請者によって扱いが違ったり、場合によっては差別的な扱いを受ける、等が挙げられる(注4)。


権利行使の平等性原則


 フランスでは、《社会的排除に抗するための1998年法》の第一条項に「権利行使の平等性の原則」について明記されている。しかし、国にとってはただ申請却下することが相変わらず一番楽な選択なのである。現実問題として、未受給を減らすということは、未受給撲滅啓発活動のための追加支出が増えるということであり、同時に未受給による経費節約ができなくなることを意味するからである。厳しい財政状況の中でこうした決断を下すとなれば、優先順位の見極めが必要となる……。社会福祉全般における予算カットの時期ならば、なおさらである。簡単に言えば、より大きなタルトにわずかしかないジャムを、より薄く塗るようなものだ。


 地方自治体は、こうした決断のしわ寄せを食うかもしれない。窮地に陥った人々を救う任務が彼らに負わされているからである。それゆえ県や市町村は、救助を申請している地域住民に対するサービスや、継続的な見守りと付き添いの体制を急速に整えている。その根拠となっているのは、平等志向や、あるいは最貧困層の危機的状況を救おうという使命感もあるが、それに加えて単なる財政上の論理もある。つまり、未受給によって生み出された国の節約が、地方財政においては支出というかたちで表れるのを未然に防ごうというのだ。


福祉の充実による経済活性化への道


 2013年1月に示された政府による《貧困対策および社会統合のための数年計画》では、いくつかの大原則が設けられている。たとえば「非烙印化」原則によって貧困者に対して拡がる疑念を終息させる、「正統な権利」原則により全市民が有する権利を過不足なく受けられるようにする、といった原則である。これは快挙であり、ひとつの進歩である。しかし、財政当局はなおも一面的な角度からしか社会福祉費を捉えておらず、これらの支出が「予算の均衡」を脅かしているという。ところで、こうした主張は社会保障の役割をまるで理解していない。「権利なき」階層の発生と定着をくい止め、弱者を保護し、一人ひとりの市民生活を守ることこそ社会保障の役割なのだ。


 厳しい不況に、緊縮政策。こうした時代の空気により、――神聖不可侵の「競争力」の名のもと――新たな支出は新たな収入増によってまかなわれるべきだし、諸々の免除・減免措置で対処すべきとの考えが強まるのは当然至極である。ところで、われわれに採用可能なもうひとつのヴィジョンがある。この経済危機の時代にあって、社会保障手当や扶助のおかげで失われた収入をカヴァーし、内需を支えることができる。福祉給付は、福祉経済における雇用創出にも貢献している。給付が民間支出(給与と消費)を生み、民間支出は分担金・税金を通じて新たな国の収入となる……そして、これら新たな収入によって社会保障予算がまかなわれるのである。こうした好循環は、IMF(国際通貨基金)の示す経済循環とはまったく反対のものである。あれほどIMFが擁護に熱心だった緊縮政策の結果が、今や悪循環となっているのだ。たとえばイギリスのキャメロン内閣は「財政正常化」プログラムを実施し、2010年にGDP(国内総生産)の10.4%の赤字だったものを、2016年には1.5%にすることを目指していたが、この政策によって景気は停滞し、2011年のGDPは0.7ポイント低下している。


社会福祉費用のポジティヴな役割――この役割は、金利狙いの預金、株売買といった家庭内貯蓄よりも立派なものである――が復権すれば、「平等な権利行使を前進させること」と「財政上の縛り」、このふたつの間のジレンマは解消される。未受給はもはや棚ぼたの財政収入でも、財政節約のための安易な手段でもない。未受給は、福祉が財政を破綻させるという見解に基づく福祉政策は失敗だということを証明している。


 市民の権利行使を援助することが、すべての人々に利益をもたらすのではないだろうか……。






(1)順番に、Le Point, 8 décembre 2011; Le Parisien, 22 juin 2011; Le Point, 21 avril 2011 ; et Le Figaro magazine, 5 mars 2011 et 4 juin 2011.
(2) Clôture des entretiens «Fraudes et protection sociale» organisés par le Conseil d’Etat, février 2011. 国務院による討議「不正受給と社会保障」の結論。2011年2月。
(3) «Rapport d’information sur la lutte contre la fraude sociale», Mission d’évaluation et de contrôle des lois de financement de la sécurité sociale, Assemblée nationale, 29 juin 2011.
(4) Mary Daly, «Accès aux droits sociaux en Europe», rapport pour le Conseil de l’Europe, 2002.


(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2013年7月号)