特集「チャベス、そして特別な国ベネズエラ」より

メディアにとっては、葬り去るべき男


スチーブ・レンダル

アメリカのメディア監視団体、FAIR(Fairness & Accuracy In Reporting)所属


訳:木下治人


 ベネズエラは、長い間、他のラテンアメリカ各国と異なっていた。1960年代初頭、キューバ革命がラテンアメリカ地域に燃え広がっていた時、あるアメリカ大統領補佐官は、「民主主義モデル」という視点で、シモン・ボリバルの生地ベネズエラを評価し、キューバと区別している。その40年後、「ベネズエラという特別な国」は再び人々の関心を呼び起こしている。しかし、アメリカではもうそうではない。質素な家柄出身の軍人ウゴ・チャベスは1998年、選挙勝利の波に乗り南米大陸の政治地図を変えた。それまで優位であった新自由主義的モデルとの絶縁を目指したことによって、ウゴ・チャベスはメディアの怒りを買いエリートたちの攻撃を受ける。2013年3月5日、チャベス大統領は死去した。4月14日の大統領選挙では、チャベスの推進してきた社会変革運動が勝利するとして、この勝利は「革命」を継続することができるだろうか?[フランス語版編集部]





チャベス大統領の死去


 《ベネズエラ国民から愛されたチャベス、死去》という見出しが米の『ニューヨーク・タイムズ』の第一面を飾った。一方、英国の『タイムズ』紙は「扇動政治家の死」を祝うものであった(3月6日)。亡くなった日の夜のNBC放送では「彼の名前の前には『強い男』という形容がしばしば付いた。それは、それなりの立派な理由があるからだ」と熱心に説明していた(3月5日)。6日朝のABCワールド・ニュースでは「本日は、ベネズエラ国民がチャベス大統領の圧制から解放された最初の日である」と報じた。


 例外的なことだが、フランスではベルナール=アンリ・レヴィがチャベス前大統領の「異常な反ユダヤ主義」に批判の集中砲火を浴びせた(『ル・ポワン』紙、3月14日)。また、ペルーのノーベル文学賞受賞者マリオ・バルガス・リョサは、ラテンアメリカの《カウディーリョ》と呼ばれる軍事独裁者の一人にチャベスを加えた。「いきり立った独裁者の手は血でまみれ、取り巻きの盲従と追従によって虚栄心に満ちていた」(スペインの日刊紙『エル・パイス』紙、3月10日)。


 チャベス死去の夜、ABCワールド・ニュース報道部の判断は「アメリカ人の多くがチャベスを独裁者とみなしていた」と強調していたが、その理由は明言しなかった。どういう理由なのか理解するためには、反チャベス派の長老マイケル・シフターがナショナル・パブリック・ラジオ(NPR)の追悼演説で「要するに、チャベスは専制君主や独裁者と呼ぶべき人物だった」という言葉に耳を傾けるだけでよかったからだ。


社会的分配の促進


 チャベス大統領非難の中でもっぱら取りざたされるのは、石油からの収入を教育・医療あるいは食料対策に振り向けるやり方は横領だとするもので、こうした金を民間へ投資すべきだという指摘である。AP通信は、ニュースの中で冗談交じりにこう指摘していた。ベネズエラの社会福祉プログラムの功績といっても「石油業界を牛耳る男たちが、中東のきらめく都市に浮び上がらせた、目をみはらせる不動産計画と比較すると、もの足りない。たとえば、ドバイの超高層ビル群、アブ・ダビのルーブル美術館やグッゲンハイム美術館のレプリカ建設などの不動産計画である」(3月5日)。摩天楼のような高層ビル群を建設できるのに、人の扶養に頑張るなどという愚かなことをなぜするのか?


  ウォール・ストリート・ジャーナルは社説の中で、マスコミが用いたチャベス非難の表現をすべて集めた。たとえば、チャベスは「カリスマ的扇動政治家」、「月並みの石油独裁者」であっただけでなく、「道化と窃盗狂の融合」を作り出した。後継者たちのおかげで、こうした資質は「チャベスの死を乗り越えて継続する」だろうというものだ。同紙は経済新聞でありながらベネズエラ政府が貧困を縮減させた成果に言及していない。こうした功績は、アメリカのジャーナリズムとして受け入れらる唯一の見解に背馳するからだ。同紙は「ポピュリズムや政府補助金にもかかわらず、ベネズエラの生活は ―― とくに貧乏人にとっては ―― 悪化するばかりだった」という記事を載せている(3月6日)。


 数か月前、国営テレビ《フランス 2 》で、ニュースキャスターのダヴィッド・ピュジャダが「ベネズエラ国民の80%は、いぜんとして貧困家庭である」と報道していた(2012年10月3日)。しかし、間違いを指摘され、その一週間後には訂正文を出さざるをえなかった。スペインの日刊紙エル・パイスは、チャベス政権は不平等を減少させることはできなかったと断言した(2012年10月5日)。しかし、フランス2とは違って、訂正するエレガンスを示さなかった。国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会によると、2010年におけるベネズエラの貧困率は30 % 以下であった(入手可能な最新情報)。ベネズエラは、この14年間の間に最も不平等を改善した国なのだ。


 ニューヨーク・タイムズによれば、チャベスは「ひどく分裂した divisé国」を国民に残したとされる。こうしたことは驚くにあたらない。なぜなら、(ニューヨーク・タイムズはさらにむち打つ)チャベス大統領は「社会的分裂 division」が完成するまで止まるところがなかったからである(3月5日号)。官許ジャーナリズムの語彙録の中で言っている《division》という言葉は、実はもっぱら富の再分配の試みのことを意味しているのであって、経済力格差によって引き起こされる階級闘争のことを言うのではない[diviser の派生語、divisionとdiviséには「分裂」と「分配」というふたつの異なった意味がある。著者のシャレ、自由な読み替え ― 訳注]。


《カウディーリョ》の亡霊


  チャベスは、いまだかつてアメリカのメディアから良い扱いを受けたためしがない。1998年初めて大統領戦に勝利した数日後、ニューヨーク・タイムズのラテンアメリカ問題専門家ラリー・ローターは、すでに警戒心を次のように表明していた。「ラテンアメリカの指導的エリートたちは、12月6日の大統領選でウゴ・チャベスを厄介払いできると期待していたのに、チャベスが勝利してしまったことで、彼は《カウディーリョ》と呼ばれる大衆に迎合した独裁的扇動政治家の亡霊を蘇らせることだろう」(1998年12月20日)。


 英米メディアは、南アメリカの「支配者層」はベネズエラの独裁政治に反対しているのだという滑稽な幻想を持っているのに加えて、チャベスに対しては、問題児という捉え方をしてきた。騒ぎを起こし経済を混乱させ、選挙違反をやり、人権を踏みにじるだろうというのだ。「本質的に反民主主義的」(『デイリー・ビースト』、2013年3月7日)な専制君主と見なすことは、英米メディアにとっては至極当然のことである。実際、イギリスの週刊新聞『エコノミスト』は、ベネズエラが「独裁的偏向」に陥る懸念を表明したことがある(2010年9月23日)。とはいえ、チャベスは、かつてのアメリカ大統領ジミー・カーターが「世界でもっとも良い」と表現した選挙で、正々堂々と反対派を打ち破ったのである。その一方でエコノミストは、イタリアのマリオ・モンティの首相就任を褒め称え、「選挙で選ばれていない『テクノクラート』で構成された政府」であっても賛意を示したのだった(2012年1月21日)。


女性裁判官アフィウニさんの投獄


 どの政府でも起こりうることだが、ベネズエラ政府の政策も批判される余地を多分に残している。この国ではタフな反政府派新聞が存続しているが、グループ《FAIR》は、政府の出版検閲強化について繰り返し注意を喚起してきた。三年前から裁判が進行していない被疑者を釈放した廉で投獄された女性裁判官マリア・ルルド・アフィウニさんの例に見られるように、正当な国家であるベネズエラであっても、権威主義的傾向から自由ではないことを示している。


 したがって、ベネズエラ政府に対して釈明を要求することは有益なことである。問題は、西欧メディアがベネズエラにに対しては、他の国には適用しないような評価基準で判断を下していることである。2009年、《FAIR》の研究論文は、アメリカの新聞の社説で人権問題がどう扱われたのかを明らかにした。ボリバル革命が引き起こした人権問題に対しては徹底的に否定的な見方をする一方で、コロンビアの人権問題に対しては、対照的に寛容な態度を示している(注1)。確かにウゴ・チャベス率いるベネズエラは人権問題の対応に不十分な面がある。しかし少なくとも、ジャーナリスト・組合活動家・NGO活動家たちは、誘拐・暗殺・拷問で死ぬような脅威にさらされて暮らしているわけではなかった。一方、コロンビアでは普通のこととしてこのような脅威にさらされているのが現状である。コロンビアはアメリカと同盟関係を結んでいて、さらにアメリカのジャーナリズムがホワイト・ハウスの政策に追随しているために、外国の情報を中立的に取り扱うことが難しくなっているのだ。


 歴史家グレッグ・グランディンは、リベラルな週刊誌《ネイション》誌上で次のように指摘している。ベネズエラには11人の政治犯がいるが、その中には2002年の失敗したクーデターの首謀者たちが何人も含まれている」(注2)。それにしても、政治犯が11人というのは多すぎる。しかし、チャベス政権下での政治弾圧や警察力の行使が著しく減少したことは周知の事実である。2005年、『ラテンアメリカン・パースペクティブ』誌で発表された報告によると、「ベネズエラでは、国民が政府の政策に反対意見を表明することは、以前にまして保証され、制度にまでなっている(注3)」。


ベネズエラ経済


 西側の宣伝の重要な目的のひとつは、ベネズエラが経済破綻に落ち込んでいると信じこませることである。こうした努めは必ずしも簡単なことではない。というのも、ベネズエラは ―― 国民は、ジャーナリスト自身が用いる経済指標に信頼を置いていることもあって ―― 経済破綻をきたさないで、けっこう立派にやっているからだ。


 ベネズエラ経済が非常に高いインフレ率(2012年、20,1%)に苦しんでおり、インフラ整備の不備、低開発状態の石油産業への多大な依存などに悩まされていることは確かである。しかしながら,2003年石油資本家が起こした反チャベスのストライキ以降、ベネズエラは年平均4,3 %の経済成長率を獲得し、貧困率が約50%低下、さらに絶対貧困率70 %軽減という劇的な記録を示した。


 2012年の経済成長率5,8 %、失業率6,4 %(チャベス政権以前の半分)は、ユーロ圏にとってはうらやましい数字だろう[ユーロ圏諸国の2月失業率は12.0 % ― 訳注]。これらすべての結果は、教育・医療への多大な投資、そして栄養失調撲滅運動のおかげで得られた成果である。乳幼児死亡率はチャベス政権成立以来30%減少し、2005年、ユネスコはベネズエラを「文盲から解放された国」に加えた。それなのに、『ワシントン・ポスト』は「チャベス氏による経済的苦境」や、ボリバル革命によって「かつて繁栄した国を荒廃」させてしまったなどと非難する事を思いとどまることをしない(2013年1月5日)。


「ベネズエラの悲惨な日常生活」?


 昨年の12月、ニューヨーク・タイムズはベネズエラの悲惨な日常生活を現地報告していた。その中で著者は次のように説明している。チャベスは「国民の大部分」を自らの主張に賛同させた。それを可能にしたのは「チャベスの特異な個性・公共資源を際限なく利用できたこと・社会主義革命によってベネズエラの国民生活が改善されると納得させる能力を持っていたからだ」という(2012年12月13日)。これではまるで、生活条件が実際に改善したベネズエラ国民は、こうした単純な事実を確認するためだけにも、鼻先をつかんで引き回される必要があるかのごとくである。


 チャベスの死から一ヵ月後、今度はABCニュースのインターネット・サイトがベネズエラの悲惨な社会状況を伝えた。ユニビジョンのスペイン語テレビ放送経済部門長ステファン・ケペル司会の告発番組で、題名は「ウゴ・チャべスがベネズエラ経済を破壊するために用いた五つの手段」(2013年1月 17日)というものであった。


ボリバル流民主主義は独裁か?


 アメリカのマスコミが、ボリバル流民主主義は独裁であり、ベネズエラ国民は大変迷惑をこうむっているのだと思わせようと執念を燃やすのはなぜなのか?欧州型民主主義モデルに固執しているからなのか?もしそうだとするなら、ニューヨーク・タイムズをはじめとするアメリカの新聞各紙は、2002年のクーデターに賛辞を送ることは控えただろうし(モリス・ルモワンヌの記事参照)、アメリカの選挙システムを汚している腐敗をもっと報道することだろう。それとも人権を配慮をした結果なのか?もしそうだとするなら、ジャーナリストたちはチャベス政権14年間全体を考察するよりもむしろ、ベネズエラ政治体制よりはるかに人権侵害だと糾弾される国々を告発することに費やしたことだろう。その中には、アメリカの同盟諸国を含む。






(1) «FAIR Study : Human Rights Coverage Serving Washington’s Needs», Extra !, New York, février 2009.
(2) «On the legacy of Hugo Chavez», The Nation, New York, 5 mars 2013.
(3) «Popular protest in Venezuela : novelties and continuities», Latin American Perspectives, vol. 32, n° 2, Thousand Oakes (Etats-Unis), mars 2005.


(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2013年4月号)