フィンランド、平等主義的な学校を求めて

フィリップ・デカン*


*ジャーナリスト


訳:上原秀一


 フィンランドは、2000年から3年おきに行われているOECDの国際学力調査で常にトップクラスを占めてきた。このため諸外国のメディアは同国の教育に注目している。しかしその成功の理由は断片的にしか理解されていない。フィンランドの成功は、福祉国家政策全体の中で理解するべきである。フィンランドの教育関係者によれば、今日の成功の要因は1970~80年代の福祉国家政策にあったのであり、今日、それが転換し社会の不平等が拡大しつつある中で教育の格差の拡大に警戒しなければならなくなっている。学力世界トップのフィンランドで、順位付けと競争につながる学力評価への警戒感が示されている。[日本語版編集部]




ストレスのない学校


 フィンランド、ボスニア湾に面したラウマ市では、小学校に入るのに門をくぐったり塀を越えたりする必要はない。広い自転車置き場と数面のコートの前を通り過ぎるだけである。体育館から音楽室まで、すべては子どもたちを歓待することを考えて作られているように見える。ある女性の英語教師は、45分の授業で五つの異なる活動を組み合わせていた。彼女は、発言した子どもが次に発言する子どもに順番に投げ渡していくボールを使うことで、授業の最初から子どもたち全員の注意を引きつけることができていた。このボールは、他の国の教室では見ることのない方法だ。しかし、フィンランドは、教師一人当たりの小学生の数が12.4人であり、小学校ではヨーロッパ最少の人数比に属する国の一つであるので、ボールを使うこの方法はここでは特に効果的であるように見える。


 収穫期の終わらない8月半ば(注1)、ファニー・ソレイアヴさんとファビエンヌ・モワジさんは、この国で2回目になる新学年の始業式に子どもたちを連れて行った。二人は、フランスで教師をしているが、夫の国外赴任に同行するために休職中である。二人は、就学可能なフランス人学校があったにも拘わらず現地校を選んだ。当初は、この選択が自分たちの教育観を覆すことになるだろうとは想像もしていなかった。フランスを離れてここに留まることを決めたクレール・エルパンさんも、「3人の息子はよい子に育ちつつあります。ここでは子どもたちの違いが尊重されています。子どもたちは他の子どもたちを尊重しています。先生は、子どもの励まし方を知っていて、子どもの一番よいところを見つけることができます。」と言う。エルパンさんの子どもたちは、読字障害、意欲減退、知的早熟といった特別な配慮が必要な状況に直面していた。こうした状況はどこにでもあるものだが、フランスの制度では対応するのが難しい。


 彼女たちが描いているようなことがあり得るとはなかなか信じられない、という人もいるだろう。フィンランドの学校には、ストレスもなく、子ども同士の競争もなく、学校間の競争もなく、学校監察官の制度もなく、子どもの留年もなく(注2)、さらに低学年では成績評価すらない、そして世界最高水準の成果を上げているというのだ。


OECDの国際学力調査で世界トップ


 経済協力開発機構(OECD)による「生徒の学習到達度調査(PISA)」のせいで、ドイツやイギリスでは大きな不安感が醸成された。フランスやアメリカでは、PISAについてあまり語られることがないが、結果がよいわけでもない。これらの大国では、教育へ多量の資源が投下されているのに、15歳児の読解、数学、理科の能力がOECD加盟国の平均程度に留まっていることが分かる(注3)。PISAには、文化の違いによる影響を取り除くための厳密な方法が備わっている。そして、学校における学習内容の習得状況を調査対象とするのではなく、世界を理解し、日常生活に近い状況の中で問題を解決できる総合的能力を調査対象とするという特長がある。


 ところで、この調査によって、フィンランドは予想外の模範的な国であることが示されてきた。65か国を対象とする2009年調査においても、過去3回(2000年、2003年、2006年)とまったく同様に、フィンランドは、韓国やOECD協力アジア諸都市(上海、香港、シンガポール)とともに、総合成績でトップグループに属している。また、生徒間の成績のばらつきが最も少なく、生徒が置かれた社会経済的環境と生徒の学業成績との相関が最も弱いのは、(韓国と並んで)このフィンランドである。その上、フィンランドでは、バカロレア相当の資格[高卒程度――訳注]を取得する若者の割合は、欧米諸国の平均80%に対して93%に上る(注4)。なるほど、フィンランドは、OECD加盟国の中で社会的不平等が最も少ない国の一つとして際立っているのである。


 PISAの結果は、新しいタイプのお客様をフィンランドに引き寄せることとなった。リュック・シャテル、フランス国民教育大臣(当時)は、2011年8月の訪問の後、次のような説明を行っている。「フィンランドでうまく機能していた方法のいくつかはフランスにも導入することができるものです。」「特に、学校に与えられた大きな自主裁量権です。」という説明である(注5)。その1年後、イギリスの『ソーシャリスト・レビュー』誌は、フィンランドの「成績評価を行わない」制度、そして「すべての子どもが健康的な給食を与えられる」制度を賞賛した(注6)。フランスの保守的自由主義者も、イギリスのトロツキストも含めて、外国からの視察者たちは、まるで何かを買い漁ろうとするかのようだ。特定のイノベーションを他から切り離して自分自身のプランを正当化しようとしているのだ。


 多くの感動的な研究書(注7)がこのような「模範的なモデル」を取り上げているが、たいていの場合、国際ジャーナリズムはこの「模範的なモデル」の形成が可能になった固有の条件を理解していない。フィンランドでは、分権化は地域間競争の導入とは手に手を携えてはいないし、教師の積極的参加は学校滞在時間を増やそうとする意思へと帰着するようなものではないし、財政支出軽減の促進は民間の参入促進への期待を覆い隠すためのものではない。1970年代のフィンランド学校改革の中心人物の一人であるジュッカ・サルジャラさんは、「PISAを忘れよう」と言う。「もちろん私たちの仕事がこのように高く評価されているのを誇らしくは思います。しかし、私たちの制度は一つの全体として見るべきであって、あれこれの側面だけを鳥のようについばむようなことはすべきではありません。」


福祉国家政策と資質の高い教師


 フィンランドの成功は、政治的な主義主張よりも福祉国家の具体的実現を重視する北欧諸国の政策の伝統に根ざしている。パシ・サールベルク教授は、2010年12月10日、アメリカPBSテレビのスタジオで、良い教育の秘訣を明かすよう求められたが、にっこり笑ってこう答えた。「いいですか。私たちの国では学校は小学校1年生から大学まで全員無償なのですよ。」と。こんな前提条件を示されては、アメリカのモデルとの比較を続けるのは難しいだろう……。


 フィンランドで無償なのは授業料だけではない。16歳まで学用品はすべて地方自治体によって支給され、補習費も給食費も保健費も通学費もかからない。これらの費用は主に336の市町村が負担しているが、市町村の間には財政格差があり国が調整している。最も財政が豊かなエスポー市(首都ヘルシンキに近い)に対しては国は学校予算の1%しか補助金を出していないが、全国平均で見ると市町村の学校予算の33%が国の補助金によって賄われており(注8)、最も財政が厳しい市町村では国の補助金が学校予算の60%に上ることもある。また、政府は私立学校の開設を抑制している。私立学校は、1970年代にほぼ姿を消した(フランスでは小中高校生の17%が私立学校に通っているがフィンランドでは2%未満に留まっている)。シュタイナー教育やフレネ教育といったオルタナティブ教育の団体による私立学校があるのみである。


 このように統一的な公共サービスが行われているが、実はそれほどお金がかかっているようには見えない。むしろ逆である。フィンランドの小中高等学校における子ども一人当たりの教育支出は、購買力平価で換算して比べると、欧米諸国の平均を下回っており、アメリカやイギリスよりもずっと少ない(注9)。際だっているのは、教師の指導力、教師の数、そして教師の養成の在り方である。教師の仕事はとても尊敬されており、希望者も多い。教師になるためには長期の大学教育を受けなければならないが(最低5年、一般にはそれ以上)、給与はだいたい欧米諸国の平均程度に留まっている(注10)。初任給は明らかにフランスよりも高いものの(小学校教師で36%、中学・高校教師で27%高い)、定年に近づくと両国で大差は無くなる。ただし、志望者の10人に一人しか教師になることができない。一方、教師には子どもと極めて強く関わることが期待されており、教師が保護者に自分の電話番号やメールアドレスを知らせるのも珍しいことではない。教師養成の期間のうちのかなりの部分(1年以上)が、教育内容の習得ではなく、教育方法の習得に費やされている。


 ラウマ市の小学校で副校長を勤めるウッラ・ロヒオラさんは、自らの使命をこう説明する。「私たちにはすべての子どもをまとめていく義務があります。一人一人が大切です。」あらゆる障害、あらゆる違い、あらゆる社会的困難、あらゆる感情問題、あらゆる学校での困難に解決策を見いださなければならない。ロヒオラさんは言う。「集団の中でリラックスでき、レヴェルのあった教育を受けるならば、フラストレーションはたまりません。日常生活の中で一人一人のニーズに配慮すれば、学習が早い子も学習の遅い仲間と一緒に全学校生活を送ることができるようになります。」


評価への警戒感


 実績指標や監査、順位付けを奨励するのが国際的な風潮であるのに対して、フィンランドの教育関係者たちは、これとは別のやり方で評価結果を利用するよう主張している。評価というものは、教師と子どもの開花に役立つように、教育資源と教育方法を再調整するための道具でなければならず、決して管理や競争のための道具になってはならないというのである。このため、フィンランドでは、学力評価は、全国一斉調査ではなく標本抽出調査の形で実施されている。各学校は、自分たちの成績は知らされるが、他校の成績を知らされることはない。学校毎の成績順位を公表しようとした複数の新聞社を相手取って、多くの市町村が法廷で争った。裁判所が市町村側の敗訴を言い渡してからも、大多数のメディアは沈黙を保って成績順位を公表しないことを選んできた。


 「1990年代に学校間の競争が奨励されたことがありました。ヘルシンキのある保守系議員は、学校に生徒獲得のためのコマーシャルまでやらせようとしました。今日、これが誤りであったことが認められています。」とヘルシンキのフィンランド語教師、シュッセ・フータさんは説明する。学校選択制が導入され、評判の良い学校を探し求めるという他の地域にはほとんどない現象が首都ヘルシンキでは広く見られるようになった。第7学年(13歳)で3割もの子どもが自分の学区の学校に通わなくなったのである。父母会連合の会長であるトゥオマス・クルッティラさんによれば、学校選択制は、フィンランドの不平等の急速な拡大と社会変化に追随することにしかならなかった。クルッティラさんは、「我が国の社会福祉政策が悪化していく中で、教育政策は単なるショーウィンドウの陳列品になってしまう恐れがあります。今日の成功は、1970年代から1980年代にかけて作り上げられたものです。明日の成功は今日築かれます。いまだにとても多くの子どもが義務教育より先に進まない状況にあります。私は楽観的ですが、しかし格差の拡大には警戒を怠らないようにしなければなりません。」と述べている。国家教育委員会副委員長のペトリ・ポージョネンさんは、「人々は学校にすべての社会問題を解決してもらいたいと思っています。しかし学校にはまずそんなことはできません。」と付け足す。


 小学校長を長く勤めた後にヘルシンキ近郊のヴァンター市で教育局長を勤めたエーロ・ヴァータイネンさんは、フィンランドの教師の間で広く共有されている考え方を次のように要約する。「子どもたちが学校にいるのはテストを受けるためではないということを私たちは忘れてはなりません。子どもたちは人生を学びに来るのです。自分自身の道を見つけに来るのです。人生を測定することなどできるのでしょうか。」国際ランキングでトップにあるヨーロッパの国で、順位付けへの警戒感が大いに表明されているのである。





(1)フランスの小学校の新学年は小麦収穫期後の9月に始まる。[訳注]
(2)フランスの小学校には留年がある。[訳注]
(3)OCDE (2011), Résultats du Pisa 2009, en six volumes, Edition OCDE, Paris. [原注]国立教育政策研究所編『生きるための知識と技能 OECD生徒の学習到達度調査(PISA)2009年調査国際結果報告書』明石書店、2010年を参照。[訳注]
(4)2010年度のOECDによる統計。
(5)« En visite en Finlande, Chatel prépare la rentrée et 2012 », Les Echos, Paris, 19 août 2011.
(6)Terry Wrigley, «  Growing up in Goveland: how politicians are wrecking schools », Socialist Review, Londres, juillet/août 2012.
(7)Paul Robert, La Finlande : un modèle éducatif pour la France ? Les secrets de la réussite, ESF éditeur, 2008. Pasi Sahlberg, Finnish Lessons : What Can the World Learn from Educational Change in Finland ? Teachers College Press, 2011. Hannele Niemi, Auli Toom and Arto Kallioniemi, Miracle of Education, The Principles and Practices of Teaching and Learning in Finnish Schools, Sense Publishers, 2012.
(8)国家教育委員会(Opetushallitus)によるデータ。国家教育委員会は、カリキュラムの調査と初等中等教育の評価を担う独立機関である。
(9)OCDE, Regards sur l’Education, 2010. 経済協力開発機構(OECD)『図表でみる教育 OECDインディケータ(2010年版)』明石書店、2010年。
(10)同上。


(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2013年1月号)