欧米製薬業界の頭痛のタネ、インドのジェネリック薬品

クレア・チャクラヴェルティ*

*インド在住ジャーナリスト


訳:鈴木久美子


 11月2日、スイスの大手製薬会社ロシュはインドの特許庁より「『新しい』と言うには不十分(注1)」という理由で特許権の申し立てを却下された。インドはこれによってライセンス料を支払うことなくC型肝炎治療薬を生産することが可能になり、薬価の低下が見込まれる。




ヨーロッパとインドのジェネリック薬品


 インドはEUが迫る医薬品の特許権を巡る強い要求を受け入れるだろうか? 4年以上も前から、インドとEUの間の自由貿易に向けた協定がいつも同じ問題で難航している。欧州委員会委員長ジョゼ・マヌエル・バローゾの表現を借りれば「この種の問題で世界で最も包括的」(注2)とされる合意の決着はたびたび延期されたが、年末の妥結が見込まれると公表された。 だが、さらなる先送りの可能性も否定できない。


 インドはWTO(世界貿易機構)の知的財産権(注3)に関する規定に整合するよう、2007年3月に自国の特許法を改めたものの、ジェネリック薬品に関して批判を受けている。特許権の保護規定に従っていないのではないかと疑われているのだ。インド亜大陸の大規模な市場は世界の製薬会社の食欲をそそる。会計監査法人のプライスウォーターハウス・クーパーズの報告によるとインドの製薬業の売上げは2009年で110億ドルを記録し、2020年には300億ドルになるとも言われている(注4)。インドは世界で最も安いといわれるエイズ、癌、肺結核の治療薬を製造しており、開発途上国に対する輸出国のトップの座にいる。欧米製薬会社はもうけを得られずにいらだちを感じている。


 ヨーロッパの製薬業の申し立てにEU当局は注意深く耳を傾けている。知的財産権保護を名目にしてヨーロッパを経由するインドのジェネリック医薬品の差し押さえがここ数年間で増えており、その結果、世界保健機構(WHO)も「偽造に(注5)関する法律の誤った適用」を告発している。2012年2月、ニューデリーで行われたインドとEUの代表者によるトップ会談でEU側のインドのジェネリック薬品に対する敵愾心が医療関係者の不安を呼び起こした。「強力な製薬業界からの示唆を受けて、インドが今日まで拒否してきた特許権の保護強化に対して措置を講じるよう、EUは圧力をかけてくるのではないか」と困窮者救済NGOのオックスファム(Oxfam )(注6)は懸念している。


 世界のジェネリック薬品の5分の1はインドの製薬会社で作られているので、欧米の製薬企業の戦略上の関心事はインド製薬業のジェネリックの評判を落とすことだった。国際偽造医薬品・医療機器対策タスクフォースIMPACTは2006年の設立の当初から、WHO世界保健機構の監督を受けながら、インドのジェネリック医薬品の質を問題視し、成分中に偽造成分が存在するとしてきた。しかしIMPACTの活動は論議の的となる。WHOの加盟国の中にはIMPACTの行動は医学的というよりも商業的な見地に立っていると考える国もあるからだ。こうした批判は2011年5月の第64回国際衛生学会の席で物議をかもした。それでもなおIMPACTの結論をそのまま受け入れているNGOもある。たとえばシラク財団はブリュッセルとアフリカでこの資料に基づいて活発な活動を行っている。


インドの医薬品事情には問題が山積み


 インドの医薬品の供給体制に問題があるというのは事実である。「ボンベイの豪華な病院の監査で、冷凍保存された医薬品の一部にもう効き目がないことが明らかになりました。コールドチェーンの管理が悪かったからです」とプライスウォーターハウス・クーパーズの報告書を作成したメンバーの一人であるスジャイ・シェッティ氏は証言する。


 インドの小さな薬局で売られる医薬品の品質は常に良いとは言い難い。ユッスフ・シェイク氏はムンバイの港に近い貧しい地域の「キラナ」と呼ばれる食料品店兼薬局の従業員だ。錠剤のパッケージと牛乳の箱と地元の化粧品や輸入化粧品が所狭しと床を埋める中で忙しそうに働いている。そこの客は近隣の分譲地に住む下層中産階級の人たちと駅近くのスラム街に住むその使用人たちである。ユッスフ氏は客によって製品と値段を変えて売る。彼はためらうことなく言う。「インド製のジェネリックかアメリカ製の薬を買うお金があるなら、そっちを売ります。貧乏な連中には質の良くない薬を売ります。この店はあらゆる層の薬がよく売れます。こちらのマージンは30~50パーセント。すごく貧しければ、インドのシプラ社のパラシップを出します。これはパラセタモール[非アスピリン系鎮痛解熱剤]の代用品です。調合が箱に書かれている内容と違うことがあったり、箱の表示が違っていたり、薬がプラシボ(偽薬)だったりすることもあります。しかし60ルピー払わずに、15ルピーでシプラの製品を買ったのだと納得して帰っていきます。何も困ったことは起きませんよ。あと1日頭痛が長引いても、薬のせいで死んだりはしませんから!」。


 インドに出回る医薬品の中で偽造製品がどれくらいの割合を占めるか把握するのは難しい。「WTO世界貿易機構の言葉を信じるなら、インドで売られている薬の4分の1はニセモノだそうです。しかし、もしそれが事実なら、インド産業は損失を被っていることになるでしょうね」とインド製薬業連盟の代表者ディリップ・シャー氏は皮肉を込めて言う。インド製薬業連盟はインドのジェネリック製造業の作った圧力団体であり薬の偽造に対して独自の調査を行っている。「WTO世界貿易機構は実は規格通りでないすべての医薬品を偽造医薬品とみています。ラベルが違っているものや、プラシボやジェネリックがそれにあたります。だからといって必ずしもインドの医薬品が有害であるとか効かないというわけではありません。さらに我々の調査で、偽造医薬品は医師の処方箋なしに売られる市販薬関係で、つまりインド国内だけに出回っていることが明らかになりました」。


ジェネリック薬品に反対する圧力団体


 インドの医薬品市場は広範囲にわたって規制が行き届かず、おおよそ1万ほどの国内業者から供給されるが、貧しい人たちにとっては「干天の慈雨」となっている。キラナや小規模のスーパーで処方箋なしで売られる医薬品に農村や近郊の客がやってくる。インド内外の製薬産業が狙っている客たちだ(注7)。正直なところ、インドの医薬品業界が市場のいっそうの規制を望んでいるのは、腹に一物あってのことである。「インドのジェネリック製造業は爆発的に増大しつつある中産階級の巨大市場を逃してしまうのではないかと心配しているのです」。プライスウォーターハウス・クーパーズのシェティ氏はそう説明する。シェティ氏の言葉によると「インドはアメリカで3年以内に特許が切れる薬に見込まれる700億ドルの売り上げの少なくとも3分の1は取り返す準備があります」などと言われるほどに誠においしい話なのである。


 しかし品質管理体制の必要性があってもインド政府の機能不全にぶつかることになる。インド製薬業連盟のシャー氏によれば、医薬品検査を担当するインド食品医薬品局は「全く無能で、一部は腐敗しています。数か月もの間追いつめていた密売人を食品医薬品局に通告すると、偽造医薬品をストックしていた倉庫をからっぽにして密売人が雲隠れしてしまったというケースに遭遇して驚いたことが一度ならずあるのです」。


 密売人阻止の最善の策は「薬」で密売人に勝つことだろう。すなわち「良い」薬を困窮者が入手できるようにすることだ。そういう理由から、ボンベイの最大の公立病院の一つであるサー・ジェイ・ジェイ病院の小さな薬局では3剤併用の抗レトロウィルス薬をエイズ患者に無料で提供している。「これ以上薬局を拡大するお金はありませんが、最も貧しい患者に対してはたとえ彼らが何時間も列を作って待たなくてはならなくても、この病院に薬をもらいに来るようにと言い続けます」と病院の医師は語った。


 インドの医薬品業の経営サイドの最大の関心事は、インドの特許法の第3条D項が問題にされないようにすることだ。この法律が製薬多国籍企業の絶大な権力に対抗する唯一の防御策なのだ。第3条D項は2005年に採択されたが、「特許申請は新しい医薬品に関してのみ正当と認められ、科学的に立証を終えた発見に基づくものでなければならず、既成物質の再利用・改良品であってはならない」としている。この条項はアメリカやヨーロッパの巨大製薬会社を苛立たせており、彼らは躍起になってこれを廃止しようと強力なロビー活動を行っている。


 「第3条D項がインドの唯一の安全ネットです。ところが、それがあえなく消えてしまうかもしれません」J. ゴグテー博士は反論する。彼はエイズの専門家でシプラのメディカル・ディレクターである。「欧米大手の製薬会社は巧妙な手段を次々に使って、自分たちの製品の特許の期間を長くしようとしています。これが『エバーグリーン戦略』と呼ばれるものです。一つの薬に対して時に数百の特許が存在することを知っていますか? そういった薬がエイズや癌の治療薬で、開発途上国の薬価が跳ね上がってしまったりすると、これは犯罪ですよ!」。


 欧米企業には様々な助っ人がいる。2010年、インドの経済日刊新聞『ミント』紙の報道によれば、アメリカのギリード・サイエンス社がアメリカの商務長官ゲイリー・ロック氏に頼んで、インドの商務相を相手に自分たちの利益を擁護してもらうよう働きかけた。アメリカ政府の介入は治療薬ヴィリード(Viread)の市場登場を狙っての適法な迂回作戦だ。ヴィリードは抗エイズ薬だがその特許申請はインド側から第3条D項を盾に却下されたのだった。「新薬」という触れ込みのヴィリードだが実はかなり前から使われているテノフォビルという医薬品から派生したものである(注8)。


インドの譲歩


 欧米の製薬会社の独占熱を鎮めるために、シプラの社長ユサフ・ハミエド氏は義務条件付きライセンスを擁護する。これは医薬品の強制製造実施権で、欧米製薬会社が特許を所有する医薬品の構造の情報開示を要求し、特許使用料を支払ってインドの製薬工場でその物質を製造することを可能にすることである。このやり方ならばインドの医薬品製造業に(特にシプラに対して)自国内の販売を保証して値段を下げることが可能になる(注9)。


 欧米製薬業界からの圧力を承けて、インドの法律は100パーセント外国資本による企業進出を許可した。そのことによりインド製薬企業機構は治療薬の値上がりとインド企業の衰退が起きるのではないかと心配している。


 こうした状況なので、EUとインドの間の交渉の結末には暗雲が漂っている。現段階でインドにとって唯一の歓迎点はEUが自由貿易協定に盛り込んだ医薬データの独占権廃止に同意していることだ。これは「権利保持者に対して、ある特定医薬品に関する全活動の排他的所有権を与えることを意味しています。構想、マーケティング、配合比率、処方、臨床試験、研究開発、ジェネリック製造などです」と国境なき医師団の必須医薬品キャンペーンのインド側コーディネーターであるリーナ・メンガニーさんは説明する。「古くからある薬の例ではアメリカのコルヒチンです。これは3000年前から痛風に使われていましたが、19世紀から薬としての処方対象になりました。したがって、特許を付与するのは不可能なはずです。しかし医薬データの独占条項を適用して、アメリカ食品医薬品局は最近になってコルヒチンを製造しているある会社の一つにマーケティング・データの独占権を与えました。そしていつの間にかアメリカ食品医薬品局はその会社に対してコルヒチンの権利保持者の資格を与えました。薬価はそこで0.09ドルから4.85ドルに跳ね上がりました。もとの値段の50倍ですよ……」(注10)。





(1)インドは2005年まで医薬品に「物質特許」がなかったが、物質の製造方法に対する「製法特許」は存在していた。リバース・エンジニアリングで製法特許に抵触しない方法でインドの製薬業は成長してきた。インドの特許法はWTOの規定との整合性を1995年から求められてきたが改正は難航した。2005年のインドの改正特許法には「既存の治療薬よりも効果の高い新薬に対してだけ特許権を付与する」という特徴がある。[訳注]
(2)« Inde-UE : un accord de libre-échange en vue », communiqué de la Commission européenne, 13 février 2012.
(3)Aspects des droits de propriété intellectuelle qui touchent au commerce, OMC, www.wto.org
(4)« Global pharma looks to India : Prospects for growth », PricewaterhouseCoopers, Londres, avril 2010.
(5) « L’OMS déplore les saisies de médicaments génériques indiens par l’UE », Agence France-Presse, 21 mai 2010.
(6)« L’Union européenne ne doit pas fermer la “pharmacie” des pays en développement », Oxfam, 9 février 2012.
(7)« Pfizer, Ranbaxy tie up with ITC to sell over-the-counter products in rural areas », Madras, 11 juillet 2011, www.thehindubusinessline.com
(8)« A powerful push for US firm’s patent », Mint, New Delhi, 7 décembre 2010.
(9)« All depends on what I can handle : YK Hamied », Business Today, Noida (Inde), 3 août 2011.
(10)翻訳参考文献
   久保研介編『日本のジェネリック医薬品市場とインド・中国の製薬産業』、アジア経済研究所、2007年
   飯野幸平『インド経済の基礎知識―新・経済大国の失態と政策(第2版)』、ジェトロ、2009年
   インド・ビジネス・センター編著、島田卓監修『図解・インドビジネスマップ―主要企業と業界地図』、日刊工業新聞、2011年[訳注]


(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2012年12月号)