国際原子力機関IAEAの迷走

独立性には程遠い原子力産業の憲兵


アニェス・シナイ女史の調査報告

ジャーナリスト、新・人類学モメンタム研究所、共同設立者


訳:木下治人


 核物質循環のコントロールができない、イラン問題を解決できない、そんなIAEA(国際原子力機関)には二つの顔がある。原子力の推進者としての顔と、軍事利用を取り締まる憲兵としての顔だ。今後も、フクシマも含めて原子力を擁護する意向を示している。その福島の地で、12月15日から17日にかけて、日本政府との共催で「原子力の安全に関する福島閣僚会議」を開催する予定である。[フランス語版編集部]




IAEAの目的


 IAEA本部は、オーストリアの首都ウィーンにある。ドナウ川、高速道路のインターチェンジ、地上を走るメトロにはさまれているニュータウンの一角にある。4500あまりの国際機関の事務所を擁する、治外法権の巨大な複合施設の中に位置している。2011年3月の福島第一原発事故の後、原子力安全会議が行われることになり、普段人気のないビルの玄関には外交官ナンバーの車が多数駐車し、高官たちが相次いで目立たぬようにエスカレーターに向かい地下に吸い込まれていく。


 2009年からIAEA事務局長を務める日本人外交官天野之弥氏は、演壇から、聴衆のIAEA加盟153か国の代表者たちに訴えた。出席していた首相・原子力機関代表・原子力産業会社そして放射線防護の専門家たちは、2000年代のうちに起こるはずだった原子力ルネサンスが、日本の事故のせいでだめになるのではないかと懸念を示していたのにたいし、天野氏は原発の安全基準を拡充させ、それが世界基準になれば「原子力の新世紀」の到来は可能だと述べた。実際、2011年6月以降、IAEAは福島第一原発の原子炉6基の推移に関して危険性は高くない旨のコミュニケを流布させてきた。これは、東京電力(TEPCO)や日本の安全当局である原子力安全・保安院(NISA)(注1)によって伝えられた情報をもとにまとめたものである。「原子力の監視と促進」という「矛盾のカクテル」、これこそが他に類のないこの機関、IAEAの本質なのだ。


IAEAのスローガン「原子力の平和利用」


 IAEAの憲章第2条には機関の目的が記されている。「本機関は、原子力が全世界における平和、健康及び繁栄に資するべく努める。本機関は、本機関みずからによって提供された援助、あるいは本機関の要請・監視・管理のもとで提供された援助が、軍事目的に利用されないように可能な限り努める」。財源は、その国の原子力利用度や外交上のかけひきに応じて徴収される。IAEA発足の契機になったのは、1953年、アメリカ合衆国大統領ドワイト・D・アイゼンハワーによる国際連合総会演説「原子力の平和利用」である。アイゼンハワーは、この演説の中で「この最強の破壊力は、人類にとって最高の福音に転じることができる」と述べた。


 「原子力の平和利用」という考え方は、IAEAのスローガンとなった。広島・長崎の恐怖を覆い隠そうとするもので、前提として、原子力の平和利用と軍事利用とは別のものだとする。ジョセフ・ロートブラット教授は、1945年8月広島原爆投下以前にマンハッタン計画(人類最初の原爆製造に至った研究プログラムの暗号名)から手を引いた、たった一人の物理学者であるが、当時次のように注意を喚起していた「原子力の利用は、民需でも軍需でも、ウランを原料とすれば必ずプルトリウムが発生するので、それは核武装の原料になるのです。最後には文明が破壊されるか、あるいは核分裂を基礎とする原子力は放棄しなければならなくなるかのどちらかとなるでしょう」(注2)。


ジャーナリストを締め出すIAEA


 IAEAの創立は1957年である。当時の技術者たちは、電気が豊富にできて「計量する必要がないほど安い」と言われるような時代の到来を夢見た。「夢の原子時代」実現のためにIAEAに委ねられたのは、すべての国がこの「有徳のエネルギー」の恩恵を享受できることを保証し、同時に地球全体の軍縮に寄与することであった。2012年度のIAEA予算は、全部門で3億3300万ユーロであり、ウィーン市警の年度予算に等しく、放射性物質の不正使用に目を光らせるために使用された。IAEAの職員は2200人、そのうち約250人が原子力査察官である。原子力査察の仕事は、IAEAの活動の一部門でしかない。したがって、業務全体からすれば、原子力査察の手段は脆弱であるということになる。その内訳は、31か国の稼動中の原子炉429基、休止中の145基(注3)の状況把握、核保有国の再処理施設内にあったり、原子炉に隣接して貯蔵されたりする約4220万立方メートルの放射性廃棄物(注5)や、そのうち38万8000立方メートルの高レベル廃棄物(注4)の監視業務もある。


 理屈から言えば、IAEAは原子力の安全に関する世界基準を決めている。放射線の危険から人間を守ること、原子力事故を未然に防ぐこと、緊急出動を想定・準備することである。しかし、規約上、締結国のさまざまな意向を無視できないため、基準の範囲は、合意可能な最低共通項にとどめねばならない。原子力の提唱者たちは、情報の透明性を保障し、大衆へ情報公開する必要性を理解しているのだろうか? なんと、ジャーナリストたちは、討論の際に会議場からの退出を要求される事態が起きているのだ。


放火犯を消防署員に


 たしかに、原発の安全性を監視する原子力監査官の独立性は重視されている。しかし、原発の安全性の構築に当たって、監査する側と監査される側には複雑な関係があることは言うまでもない。アメリカ・エネルギー省副長官ダニエル・ポネマン氏は「原子力発電企業と国際的原子力産業が、事故の予防と事故処理の課程で中心的役割を演じ続けようとしている(注6)」と評価する。


 それというのも、国連の中ではIAEAは例外的な組織であって、国連の他のどの機関も、これほどまでに関連産業界と密接な関係を持っている機関はない。IAEAでは多くの場合、原子力産業の利害の思惑が、産業の規制基準作りに優先し、規制基準は販売を考慮して作られる。それに「原子力技術がもっとも進んだ」国々だけがIAEA事務局メンバーになれる資格を与えられているのだ。IAEA事務局メンバーの中でも、フランスは要所を押さえている。IAEAの原子力安全部門はフィリップ・ジャメ氏の後任、ドゥニ・フロリ氏の手に委ねられている。ジャメ氏は、フランス原子力安全局(ASN)の委員になった。世界原子力発電事業者協会(WANO)は、ロラン・ストリッカー氏が会長を務めている。氏は、フランス電力会社(EDF)でずっと働いてきた人物である。アンドレ=クロード・ラコスト氏は西ヨーロッパ原子力規制委員会(WENRA)を率いてきたが、同時に昨年の12月12日まで、フランス原子力安全局委員長としてパリで勤務していた。


 前・福島県知事、佐藤栄佐久氏に言わせれば、こんなIAEA体制は、火災防止という重い責任のある仕事を放火魔に任せるようなものである。彼は次のように強調する「原子力産業を推進する立場の人間と、取り締まる側が同じ省に所属しているんですよ。こんな組織は、泥棒と警察が一緒に仕事をするようなものです」。こうした仕組みのせいだろうか、2011年6月、アメリカ合衆国原子力規制委員会(NRC)の当時の委員長グレゴリー・ヤツコ氏が、IAEA局長会議で次のように報告している。アメリカは、原発104基の監査の結果、たった一基だけを ―― 活断層上にあるカリフォルアのディアブロ・キャニオン発電所 ―― 停止するという結論に達したのは称賛に値することである。あるいは、欧州の原発の耐性評価(ストレス・テスト)は、独立した欧州の専門家によるよりは、むしろ原子力産業を推進する側に立つ西欧原子力規制者協会(WENRA)に代表されるような各国規制委員会に任されたのも、こうした仕組みのせいだろうか?


IAEAのお墨付き


 事実上、安全基準が適当に決められているのは、IAEAがお墨付きを与えている抜け道的自己認証制度のおかげだ。チェルノブイリから福島まで、同じ発想が見られる。大事故が起きたのは、その国の特殊な事情が原因なのであって、事故が明らかにした構造的欠点は無視されるのだ。つまり、チェルノブイリはソビエト圏の中でしか起きない事故だったとか、福島は津波が襲ってくる先にたまたま原発があったからだ、などと言われることになる。


プルトニウム生成能力


 またIAEAは、(核分裂物質を供給している主要46カ国で構成される)原子力供給国グループ、一種の核クラブと結びついている。この非公式グループは、1974年に発足した組織で、守るべきガイドラインをグループ独自で定め、核拡散を阻止する目的で、原子力関連物質や装備の輸出管理を行う。しかし2008年、このグループは、ルールの例外を認めた。アメリカとインドとの間で協定が結ばれたことで、インドが原子力関連技術を輸入できることになったのだ。しかし、インドは核拡散防止条約に署名していない [コラム(1)を参照 ― 訳注 ]。したがって、IAEAの保障システムに完全に従うとは言っていない。当時の事務局長でありノーベル平和賞を受賞したモハメド・エルバラダイ氏は、この決定に理解を示す。「この協定が、どちらにとっても有利だと考えました。経済発展にとっても、軍備抑制にとっても好都合ということです。この協定によって、インドが欧州の核技術とともに、安全に関するノウハウを獲得できるでしょう。 ―― インドが所有したいと考えていた計画が野心的なだけに、この配慮は重要なのです ―― さらに、この協定によってインドをNPTに加入させることはできないにしても、民間原子力施設のためにIAEAが決めた安全保障を受け入れさせ、原子力供給国グループの意図に従う約束をさせることによって、非拡散の枠組みに留まらせることになるでしょう(注7)」。この協定よって、とりわけ原子力産業に格好の金もうけの機会を増やすことになるだろう [コラム(2)を参照 ― 訳注 ]。アレヴァ社は、インドで欧州加圧水型炉(EPR)の原発建設を計画し、東芝やジェネラル・エレクトリックも参入しようとしている。


 NPT条約第4条では、原子力の平和利用を推進するために、すべての締約国の「冒しがたい権利」を以下のように謳っている。「本条約に規定されたいかなる施策も、平和目的のための原子力の研究、生産及び利用を発展させるために本条約で示す不可侵の権利をいずれも冒すことはない」。したがって、IAEAは、原子力平和利用の先駆者であるにもかかわらず、二律背反に陥っている。核の見張り人であると同時に、意図せずして世界的な原子力拡散の加担者となってしまっているのだ。アメリカ合衆国エネルギー省管轄下のオークリッジ国立研究所によって行われた、ウラン濃縮装置の再現実験によってわかったことは、民生用原子力発電所を所有する国はどこも、IAEAの監視の目をかいくぐって核兵器を作るのに十分な量のプルトニウムを密かに生成する能力があることだ。


IAEA事務局長、天野氏のイスラエル・アメリカ寄りの政治姿勢


 イランは、2011年9月18日、ブシェールで国として初めて民生用原子力エネルギー施設の稼動を始めた。1975年に開始された建設が、イラクとの戦争(1980-1988)のため中断していたのである。ロシア国営原子力企業ロスアトムが建設工事を再開したもので、IAEAの監督下でロシアとイランの二国間協定が調印された。


 ウイーンのアメリカ大使館から送信された機密扱いの外電(2009年7月9日)がウィキリークスによって暴露された。これによると、当時のIAEAアメリカ代表ジョフリ・ピアット氏は、現IAEA事務局長天野氏の姿勢がアメリカやイスラエル寄りだとの評価を下していた。前任者のエジプト人エルバラダイ氏がイランとIAEAの「仲介役」を務めているとピアット氏が考えていたことにくらべれば、雲泥の差だ(もっとも、エルバラダイ氏ご当人は、自分を「中立」だと考えていた)。天野氏は、アメリカに対して、見返りに今以上のIAEA財政支援を期待している。ここ数か月の間に、IAEAはイランの核実験実施情報を盛んに流した。天野氏は、2012年2月22日のコミュニケで、イランがパルチン軍事基地への査察団立ち入りを拒否したことに「失望」という表現を用いていた。こうしたIAEAの新しい対応は、イラン体制に反対するアメリカ・イスラエルの戦争も辞さない態度をメディアを通じて宣伝するのに一役買っているのである。


 IAEAプレスの責任者が同席するなかで、IAEA安全保障局の専門家に対するわれわれのインタビューが行われた。内容は克明に記録され、その専門家の名は伏された。専門家の説明によると、IAEAは「分析しなければならないデータが増えたために、その中から信頼の置ける情報を選び出すことが極めて難しい混沌とした世界を」さ迷っているのだという。安全保障局は、2010年の一年間だけでも、報告書と申告を17000件作成し、原子力物質の取引440000件あまりについて分類整理し、数百の核施設・377件の衛星画像を分析し、3000項目にわたって自由に閲覧できるようにした。(注8)


 1974年、パキスタンの物理学者アブドゥル・カディール・カーン氏によって、ウラン濃縮用の遠心分離器の使用技術が横領されたことが、2004年に発覚した。この事実から、核技術をめぐる闇の世界ネットワークの存在が明らかになり、リビア・イラン・北朝鮮が遠心分離器を密かに導入したことが暴露された。不法な核物質に関するIAEAデータ・バンクには、1993年から2004年にかけて、核物質の密輸入を原因とする事故が650件以上発生したことが記されている。


 核物質が世界に広まり核の脅威が拡大し、しかも、新しい専門家や追加措置(たとえば税関職員)を用意していたのに、IAEAは核査察の権限を拡大するには至らなかった。IAEAは、核物質の国家間取引の追跡調査に関わる情報取得に対して、財政措置の開始を求めている。しかし、国家主権の問題があるために、査察官が核施設に立ち入ることが妨げられている。唯一、国連安全保障理事会だけがIAEAの権限を拡大することができる。実際、理事会が期間限定でイランへの核査察を認めたことがある。


過小評価されるリスク


 ウィーン国際センターの中のプロペラ型タワービルのひとつは、1955年に設立された《原子放射線の影響に関する国連科学委員会》(UNSCEAR)によって全館が使用されている。ウォルフガング・ワイス委員長は、放射線による健康への影響を評価する方法を次のように説明する。人体が受けた放射線の影響度をシーベルト(Sv)という単位で表す(スイス人物理学者ロルフ・シーベルト氏の名前に因む)。フランスでは(原子力産業・放射線医療に携わる)労働者の被曝線量の上限は、年間20ミリシーベルト(20m Sv/an と表す)と設定され、緊急時は100m(Sv/an)まで許容される。


 一般人は上限が1m(Sv/an)である。ワイス氏によれば、200m(Sv/an)以下であれば、明らかな人体への影響はないのだという。そして「放射線の被曝量と健康への影響との関係には無制限に直線的比例関係があると確信しています。ガン発症率は、1000m(Sv/an)の被曝では10%であり、100m(Sv/an)であれば1%なのです。したがって、福島原発労働者100人が100m(Sv/an)被曝したとしても、ガンになるのはたった一人ということになります」。この単純計算には驚かされる。


無視される低線量被曝


 同・国連科学委員会は「低線量の」放射線被曝が長期にわたる場合のリスクを過小評価することに余念がない。チェルノブイリ原発事故の影響に関する2008年報告書の中で、事故が原因で6000人が甲状腺ガンを発病し、亡くなったのは15 人と記している。ワイス委員長によれば、チェルノブイリ周辺地域のガン死亡率は、事故がおきなかった場合とあまり変わらないという。チェルノブイリ原発事故収拾作業員たちliquidateurs(注9)に関していえば、530000人のうち急性被曝で死亡したのは、たった28人だけだと同委員会は主張している。


 この委員会には、放射線の影響を長期間にわたって収集し疫学的研究を行うための研究員が、総数4人を数えるだけである。そして、外部から何人かの専門家の協力を仰いでいる。同委員会は、もともと広島・長崎の原爆被害者たちの健康状態を密かに追跡調査するために作られたものであった。《ワイズ-パリ》(注10)の委員長イヴ・マリニャク氏はこう言う。「多量に、しかも急激に受けた広島・長崎の被曝量を基に、ミリシーベルト単位の影響度が推論され、慢性的被曝状況に利用されました。放射線防護分野の諸概念は、原発事故の諸状況にはうまくあてはまらないのです。事故の影響が持続しますので」。


 独立した公正な立場をとる《ワイズ-パリ》によると、放射線防護の専門家たちは、50年来、放射線の慢性的被曝の影響を過小評価してきているのだという。「国際社会は慢性的被曝に対処すべきだったのに、そうしませんでした。こうした過小評価の考え方がもともと多数派になっていたからです。慢性的被曝のリスクに関する考え方を変えたくないために、かたくなな姿勢をしてきました。しかし、汚染されたすべての地域で、人々の健康は次第に悪化しているのが現状です。こうした健康悪化において、放射線はどの程度影響を与えているのでしょうか?科学者たちは、そのことを解明する責任を果たしていません」。福島県の放射能の被害状況と放射線の影響について研究を行うのは、国連科学委員会の責任である。しかし福島県の住民は、2013年5月提出予定の委員会報告書を待たないと、人体の放射線許容量や食料品に含まれる放射線の全体像を知ることはできない。


産業界が参加する国際放射線防護委員会


 放射線防護の分野は、原発事故の被害者にとって死活問題でありながら、国連各種委員会のせいで面白みのない学問になっている。放射線防護を研究している関連組織をみてみると、産業界や公式判定組織に近いことがわかる。国際放射線防護委員会(CIPR)は、放射線防護の基準を勧告することを目的に1928年に発足、今では国際的に権威あるものとされ、一般人と原子力産業従事者の放射線許容基準を定めている。この委員会には、科学的研究機関ばかりでなく産業界のメンバーも含まれている。例えば、ロザトム(ロシア電力グループ)広報担当のナタリア・シャンダラ女史、フランスの原子力庁(CEA)あるいはフランス電力会社(EDF)などである。日本政府は、国際放射線防護委員会の権威をもとに放射線防護基準を作成した。この基準は、1986年春に起きたソビエト連邦 [ 現在のウクライナ ― 訳注 ] のチェルノブイリ原発事故後に採用されたものより、さらに緩和されている。


 ベラルーシの首都ミンスクにあるベルラド研究所によれば、ベラルーシの子供たちの多くが心臓血栓症に罹っているという。キログラムあたり20ベクレル汚染されている食品を摂取したことによるものだ。ベクレルという単位は放射能の強さを表わすもので(フランス人物理学者アンリ・ベクレル氏に因む)、1個の放射性核種が1秒間に1回崩壊を起こす放射性物質の放射能を1ベクレルと表す。日本では、福島の事故以前の上限が食品1キログラムあたり約1ベクレル(1 Bq/kg)であったものが、事故の翌日には500 Bq/kgに引き上げられた。しかし、2012年4月1日には100 Bq/kg に下げられた。こうしたことが理由となって、当初米も野菜も放射能に汚染されていないと発表された。上限が上がり、今でも市場に出回っている。すべては、IAEAや世界保健機関(WHO)などの国際機関が認めたためである。


WHOとIAEAの癒着


 実際WHOとIAEAは、1959年に始まる特別な協定[「WHA 世界保健総会決議 12-40協定」― 訳注 ]によって緊密な関係を保っている。グループ《WHOの独立性を進める会》によると、なぜWHOがチェルノブイリや福島の原発事故を重要視しなかったのか、また、人々の健康を守るという重要問題にたいして、不思議なことに、なぜWHOは消極的なのかが、この協定で説明がつくという。この25年間「チェルノブイリの汚染地区にたいして、しかるべき社会・医学的政策はまったく実施されなかった」。そして「核保有国では、疫学的研究がほとんどなされていないか、まったく行われていない」(注11)。


 原子力に関するリスク情報は、公式見解から除外されているために、混乱の極みに達している。原発事故の責任者の処罰は、未だに行われていない。





(1)原子力安全・保安院。かつて、経済産業省の外局である資源エネルギー庁の特別の機関であった。2012年9月19日に廃止され、環境省の外局である原子力規制委員会へ移行した。[訳注]
(2)Joseph Rotblat, "Nuclear proliferation : Arrangements for international control", dans Nuclear Energy and NuclearWeapon Proliferation, Stockholm International Peace Research Institute, 1979.
(3)Mycle Schneider et Antony Froggatt ( en collaboration avec Julie Hazemann ), " World nuclear industry status report 2012", Paris-Londres, juillet 2012, www.enerwebwatch.eu
(4)ウラニウム233と235、そしてプルトニウムの残滓の灰のことである。極めて放射能が強く半減期が長い。
(5)"Rapport d'ensemble sur la technologie nucleaire 2011", AIEA, Vienne, 29 juillet 2011.
(6)2011年6月20日。IAEA局長会議での演説
(7)Mohamed El-Baradei, The Age of Deception : Nuclear Diplomacy in Treacherous Times, Metropolitan Books, NewYork, 2011.
(8)"Annual report", AIEA, Vienne, 2010.
(9)Liquidateursとは、原発事故を収拾させ、施設の安全を確保することを任務とする兵士や消防士のことである。
(10)WISE-Paris 《ワイズ-パリ》とは、エネルギーに関する情報収集と研究を行う民間組織で、パリを中心に活動する。反原発の立場をとっている。[訳注]
(11)http://independentwho.org/fr




<コラム(1)核拡散防止条約(NPT)>


アニェス・シナイ


 核拡散防止条約(NPT)は、米ソ対立構造を背景に、1968年に調印された。核兵器と核に関する技術の拡散を阻止し、軍縮を推進することを目的とするとともに、平和目的のためであれば、すべての締結国に核技術を使用する権利を与えるものである。本条約第3条が定めるところでは、核兵器を持たない国が核物質や核技術を受け取れるのは、もっぱら原子力の平和目的に使われることをIAEAが確認できた場合だけである。

 NPTは、「持てる国」と「持たざる国」を区別している。「核兵器保有国」(EDAN)(アメリカ合衆国、ソビエト連邦、イギリス、フランス、中華人民共和国)と他の「非核兵器保有国」(ENDAN)である。

 国際法から見て、このような「線引き」を設けることは他に例がない。理論的には,すべての主権国家は対等に扱われるべきものである。とはいえ、NPTはこの区別は最終的なものではないという見解を示している。原子力の平和利用を目指す多くの国にとって、核拡散防止という厳しいル-ルが受け入れられるのは「核兵器保有国」が自ら手本を示し、核軍縮の約束を遵守することが条件なのだ。しかし、この約束は履行されなかった。1981年から1997年にかけてIAEA事務局長だったハンス・ブリックス氏は、核武装用の放射性物質の生産を禁止する新しい条約作り、そしてすべての国でのNPTの実施を擁護している。そのためには、まず「核兵器保有国」が手本を示さなくてはならないと主張している(注1)。

 イスラエル、インド、パキスタンはNPT非締約国であるが、核兵器を所持しており、原子力の平和利用の際の貿易相手国としては黙認されている。


(1) Hans Blix, Why Nuclear Disarmament Matters, Massachusetts Institute of Technology Press, Cambridge, 2008.



<コラム(2) 金儲けになる廃棄物 >


アニェス・シナイ


 IAEAには解決不能の問題がある。高レベル廃棄物の最終的処分場が決まるまでの間の中間貯蔵管理をどうするのかという問題である。たとえ新しい原発がまったく建設されなくとも、現在稼動中の429の原子炉からは、毎年多量の使用済み核燃料が生み出される。集積は「着実に進んでいる(注1)」。IAEAは、遠まわしな言い方だが、問題の重要性を認識している。プルトニウムを含む放射性廃棄物約250トンが、冷却用プールの中に貯蔵されている。これは、全地球上に存在する50000発の核弾頭を作ることができるだけの核兵器のプルトニウムの総量に匹敵する(注2)。

 1000メガワット級の原子炉一基で、年間230から260キログラムのプルトニウムが生成される。たった5キログラムのプルトニウムがあれば、核兵器を作ることができる。プルトニウムのなかには、半減期が2万4千年のプルトニウム239が存在する。これが、軽水炉用のMOX燃料として再利用されている。実際に使われている例では、福島第一原発3号炉、今後予定されているフラマンヴィルの欧州加圧水型原子炉(EPR)などである。この極めて有毒なMOX燃料は、1980年代、フランス電力会社(EDF)とコジェマ(Cogema)(注3)が開発し、アレヴァ社が引き継いでいる。およそ10ミリグラム吸入するだけで死亡する(注4)。

 公式見解によると、MOX燃料は、たまったプルトニウムを再利用できることで、蓄積する速度を減速できるという点で再処理方法としては高く評価されている。とくに原子力産業にとっては金儲けになるのだが、作業員は放射能の危険にさらされるリスクを負うことになる。MOX燃料は、列車でヨーロッパを横断し、あるいはコンテナ船で日本に輸送される。

 アレヴァ社によるMOX燃料輸出戦略は、世界で不正使用の機会を増大させることになった。1994年、茨城県東海村のMOX燃料生産工場でプルトニウム70キログラムが検査をすりぬけ、遠隔操作施設内に残っていた。同じような事故は、2009年、カダラシュ(ブッシュ=デュ=ローヌ県)でも確認されている。数十キログラムのプルトニウムが施設内に残されていたが、在庫報告書には何も記されていなかった。


(1)"Annual report", AIEA, Vienne, 2010.
(2)Frank Barnaby et Shaun Burnie, " Planning proliferation : The global expansion of nuclear power and multinational approaches ", rapport pour Greenpeace, Amsterdam, mai 2010.
(3)コジェマ (Cogema) は、原子力燃料会社。(核サイクルについては)今日のアレヴァ子会社のアレヴァNCに引き継がれた。
(4)放射線防護・原子力安全研究所(IRSN)は、放射性核種プルトリウムに注意を喚起している。


(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2012年12月号)