フランスにおける女性就労――常識とウソ


マーガレット・マルアーニ

社会学者。
フランス国立科学研究センター(CNRS) 研究ディレクター、
労働市場ジェンダー・ネットワーク事務局長


モニーク・ムロン

統計学者。
フランス国立統計経済研究所(INSEE)所員、
計量社会学研究所員


本記事は、両氏の共同執筆による近著『フランス、女性労働の一世紀』
Un siècle de travail des femmes en France. 1901-2011,
La Découverte, Paris に基づく。


訳:石木隆治


 フランスでは女性がことごとく働いているようなイメージがあるが、子細に眺めるとそうともいえない。女性が労働に着いたのは20世紀になって急速に起こった現象として考えられているのが常識だが、それは非家事労働の話で、実際には女性は昔から家の内外で働いていた。労働についての男女の敷居が低くなっているのは、高学歴の若年層で起こっている現象であって、昔ながらの男女差のある仕事についている人も多い。しかしこれから変わっていく可能性も否定できない。[日本語版編集部]




ふらつく定義


 失業率や物価指数の数字には政治的な意味合いがある。女性の就労率についても同じである。それぞれの社会や時代、文化圏ごとに女性の労働形態が形成され、そのイメージと表象が生み出されるのである。そして、数字は積極的に社会の構築に協力する。それだから20世紀における女性就労率を算出し直し、同時にその算出方法をも解析することが必要なのである。今日の固定観念を通して当時の社会を見るのではなく、その時代時代における定義の拠り所となったデータや理論を掘り起こさねばならない。そうすることで、いわゆる「女性の就労率」という言葉の意味を決めている一般認識や規範の理解が可能となるのである。


 かつての国勢調査報告があたかもライトモティーフのように繰り返したのは、「女性の社会的地位の分類は、往々にして解釈による」ということであった。職業として規定できるものと、そうでないものとの境界線はどこにあるのだろうか。女性たちは、毎年毎年、どのように国勢調査の対象とされてきたのだろうか? 切り捨てられたり算入されたり、無視されたり認知されたり……。女性には常に無職という暗黙の憶測がのしかかる。たとえば、畑にいる農家の女性は農作業をしているのか、それとも景色を眺めているのか? 解雇された女性労働者は失業者なのか、それとも「専業主婦に戻った」のか? このように何度も繰り返されてきた残念な質問は女性にしか投げかけられない。これには、男性の就労は当然だが、女性はたまたま働いているに過ぎない、という考え方の対比を言い表している。


 報酬を得る労働――あるいは《専門的な職業》――を行っていると申告すること、あるいはしないこと。家事労働――あるいは厳密な意味で家族内だけで行われる労働――と賃金仕事を区別すること。こうすることによって被調査対象者は経済社会の一員として自己の立場を明確にすることになる。仕事と非仕事の境界線は、現代社会における女性の地位を読みとるための見えざる赤い糸である。その証拠に、「労働価値」[労働が価値を生み出すというアダム・スミス、マルクスらの考え方。――訳注]の低下について云々される一方で、職業活動は相変わらず社会的に枢要な.経験であり続けている。


農夫の妻たちは


 20世紀労働史の通説によれば、女性の就業率は1901年から1962年までの間に減少する傾向があったとされているが、これは《統計上のトリック》である。というのは、そこにあげられている数字というのは農業労働の定義の変化に合わせて計数し直されたものだからである。20世紀の初頭、農業従事者と生計を共にし、他に申告する仕事を持たない成人はすべて農業従事者にあたるとみなされていた。これは主に農夫の妻たちである。1954年になって、専門家は農業に従事している申告する人だけを農業就業者数に含める事に決めた。こうして、農夫の妻で、自分が農婦であると申告しない女性は非就業者と見なされるようになってしまった。それまでは逆の仮定が自明だと考えられていたのである。農業の衰退が始まった頃に――それはまた専業主婦という概念が花開いた時期でもあるが——、この定義の変更によって120万人が就業人口から消え去り、そのうち約100万人は女性だった。女性の就労率が減ったように見えるのは当然なのである。


 このように、1960年代以来の女性就業率の増加は、この人為的に下げられた地点から出発している。女性就業率のとてつもない増加は継続し、さらに強まったかのように評価されている。21世紀の初め以来、統計が「なんでもかんでも雇用に含める」ことに集中しているためになおさらそうなってしまった。すなわち、一週間に1時間でも働いて収入を得れば、学生でも失業者でも退職者でも就業者の中に数えられるようになった。こういった時代遅れの定義づけは、それ以降いっそう徹底したやり方でおこなわれている。一方、児童就労が無くなり、若者の進学率が高くなるにつれて若者の就業率が減少し、また年金を受給する権利が拡大した。こうした最若年層と最高齢層の就業率は長年減少傾向があったが、今やそれは逆転して増加する兆候を示しているのである。就学期間延長の頭打ちや、退職年齢の再引き上げをめざした年金改革といった揺り戻しに加えて、雇用率を回復させたいという意図が強化されている。こうした方針転換をEUも推奨している。


子育て世代の離職


 もう一つの女性就労の特徴としては、女性が出産後のある期間、仕事を離れてしまうことだろう。出産後の仕事の中断は1960年代末頃から少なくなりつつあるが、未だに根強い。子育て世代の女性(25〜49歳)の就労率は、1962年から2010年にかけて42%から85%へと推移した(注1)。これこそ注目すべき第一の事実であり、この曲線は20世紀を示す指標となっている。つまり、就労における男女の均等化が一般的な傾向となったのである。もちろん、学歴が低い者においてはその傾向はやや弱い。しかし、女性の就労率の追撃は全ての階層において見られ、今日もなお続いている。


 しかし、過去において常に子育て世代の女性の大多数が仕事を辞めたのだろうか。実際には1946〜1968年が例外なのであって、この時代の子育て世代の女性は20世紀初頭よりも多く離職している。たとえば1906年と1911年には35-39歳の女性就労率(注2)は53%だったが、1930年と1946年には49%、1954年と1962年にはたったの39%である。この世代の女性就労率が再び50%を超えるのは1975年のことで、その後増大し、21世紀には87%にまで達する。女性の労働におけるこういった側面はあまり知られていない。しかしこうした見方は細部をのぞいては全面的な真実だ。すなわち、時代によって女性の就労は必ずしも常に家庭の状況に左右されるわけではない。


非正規雇用と女性


 反面、失業、不完全雇用、それにパートタイム労働、そういったものも20 世紀を通してずっと存在していたが、実に様々な呼ばれ方や定義をされていた。時代にそって完全な一覧表を作りあげることは難しい。なぜならその数字はあいまいで、論争の的になりやすく政治の影響を受けがちなものだからだ。前世紀の初め、一時的に働く場所を失った労働者や非雇用者だけが、失業者に数えられていた。日雇い労働者や、出来高払いの労働者で仕事の見つからない人々は数に入れられなかった。女性に仕事がないのは、女性は働かないものだという考えがあるからだ。彼女たちはあらゆる求人に今すぐに応える準備が出来ているのだろうか? それとも単に主婦である事がもう流行らないから自分が失業中であると申告しているだけなのだろうか?


 非正規雇用は統計上は1990年代になってやっと登場した。パートタイム労働の問題には複雑なことはなにもない。国勢調査の結果、その手の働き方をしている人は基本的には女性だということが判明したのである。つまり2010年に雇用されている人のうち、パートタイムで働いている人は女性が30%、男性が7%であり、この比率はこの15年間ほとんど変わっていない(男性は2%、女性は1%増えてはいるが)。


 この雇用形態は1980年代に導入された政策と法制化によって発展促進されたものだが、男性と女性の働き方の等質化という趨勢と齟齬をきたす結果となっている。パートタイムで働いている人の80%以上は女性だからである。パートタイムはいわば女性向けに、女性に《あつらえて》つくられたものなのである。しかしそのことからパートタイムは《第2の性》にぴったりした働き方だというのはまた別の話である。パートタイムは女性にふさわしい形態であるというのは社会的欺瞞であり、こうした観念が非正規雇用の推進力の役割を果たしていることを忘れているといえよう。


 往時の職人仕事から今日の専門職に至るまで、就労の歴史はいつも性差に彩られている。たとえば、肉体労働はずっと男性向きであったし、雇用の第3次産業においては、女性の方が早く、数も多かった。


 性別による職業分布を見ると、男女間には厳然たる敷居が存在する。工事現場に女性はまずいない。保育園であれ個人宅であれ男性が介護・家事をするということもほとんどない。男女とも役割は固定している。だがこの固定性は最高学歴の階層で破綻が生じている。男性が主導して担ってきた社会的地位の高い専門職の分野に女性が進出しているが、そうした専門職で価値低下は生じていない。このように相容れない二面性があるが、こうした二面性を分かつものは学歴と年齢である。すなわち男女間の隔たりが大きい仕事は比較的高齢で低学歴層が携わっている一方で、女性が進出している専門職はより若く、より学歴の高い層が対象になっているのである。男女がうまく混在していく上で障害はなお多い。しかし、若い世代と高学歴男女給与所得者に現れている変化は、おそらくすべてが決まっているわけではないことを予測させるのである。


結び


 20世紀初頭、女性の多くは家の中で働いていた。農婦、出来高払いのお針子、家内労働者等である。21世紀に入り、ほぼ全ての女性は家の外に働きに出るようになった。彼女たちは家庭状況にかかわらず自ら生計を立てている。賃労働に携わるようになって以降、女性の働きぶりは可視化し、家庭とは切り離され独立したものになった。そこから多くの変化がもたらされた。女性はより経済的に自立した、すなわちより自由になったのだ。


 実際のところ、通説とは逆で、女性が労働市場で「少数派」であった試しは一度もない。その労働力の貢献度は非常に重要であり、未だかつて労働人口の3分の1を割ったことはなく、現在では2分の1にまで迫っている(注3)。統計の紆余曲折のなかに入り込むことで、以下のような事実が明らかになる。恐慌や大不況にあっても、戦争と戦後を乗り越え、フランスの女性達はこの一世紀間、非常によく働いてきたということだ。





(1)同年齢の男性就労率はいつでも、95%前後である。
(2)長期間にわたって入手可能な数値である。
(3)1901年には680万人の女性が就労していたが、2008年には1390万人である。一方男性は、1901年には1290万人、2008年には1530万人。


(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2012年12月号)