東シナ海・南シナ海での民族紛争

中国の膨張政策

ステファニ・クライネ=アールブラント*

*《国際危機グループ》、中国・北東アジア担当責任者、在北京

訳:仙石愛子


 フィリピン船と中国船が2カ月にわたる抗争を繰り広げたあと、対立は日本および尖閣/釣魚諸島方面に広がっている。中国はケ小平の「棚上げ路線」を事実上修正し、沿海部の発展のために自国拡張路線をとっている。また国内のナショナリズムの高まりのために、この拡張路線を止められない。若い中国官僚は最後にはアメリカと衝突することを覚悟しているかのようだ。[フランス語版・日本語版編集部]


 ここ何カ月来、東シナ海・南シナ海における主権争いが悪化の一途をたどるばかりだ。2012年4月、スカボロー礁付近で8隻の中国漁船がフィリピンの沿岸警備隊に拿捕された。両国の船舶による攻防は2カ月間続いた。6月には、ベトナムが南沙・西沙諸島周辺の問題水域に関する新しい海洋法を発布した。中国は反撃し、この無人の西沙諸島へ近く入植することを公表した。9月には、日本では「尖閣」、中国では「釣魚」と呼ばれる島々の周囲に緊張が走った。日本政府がこの小さな無人島を買い取ったことに対し、中国は経済制裁、大都市での反日デモ、係争水域への沿岸警備艇の派遣をもって反撃した(注1)。

中国の政策転換

 このような事態のエスカレートは、「反撃攻勢」という中国の新しい政策をよく表している。まだ小さい国境紛争の機会をとらえ、力の誇示から開始して領土の現状を中国に有利に修正していこうというものである。こうした施策は、1970年代後半に当時の指導者、ケ小平(ダン・シャオピン)が打ち出した正常化政策の破棄を示している。彼の政策は、主権をめぐる論争を避け近隣諸国との友好関係をつくり上げることを目標とし、次のように総括していた。「わが国の主権を明確にすること、紛争を棚上げすること、共同の発展を追求すること」。2000年には中国外交部が「領土問題に永続的解決法を見出すのに時期尚早である場合、主権に関する議論は先延ばしにして紛争を避ける。これは主権の放棄を意味するものではない。単に一定期間、問題を遠ざけるということだ(注2) 」としてこの政策を強化した。胡錦濤(フー・チンタオ)現国家主席は、「論争を棚上げし、共通の発展を奨励する」という基本原則を渋々再確認することもあるが、この声明は様々な行動を通して覆されている。


 南シナ海は、漁業資源だけではなく石油や天然ガスなどの地下資源にも恵まれ、世界で最も混雑した航路が縦横に走る交差点である。そこでは中国、アメリカ、それにベトナム、フィリピン、マレーシア、ブルネイなど東南アジア諸国の利害が衝突する。


 中国側では多くの政治・経済関係者たちが、自分たちの利益になるよう領土問題から生じる緊張を利用してきたが、そのことが中国政府の硬直化に影響しないではいなかった。南シナ海沿岸のビジネスに関わる数多くの中国企業・団体は、伝説に因んで「海を荒らす九匹の竜(注3)」と見なされているが、多くの団体が伝説上の生き物以上の働きをしているのは事実であり、その中には、地元政府、海軍、農業省、国営企業、治安部隊、税関、あるいは外交部も含まれる。

政府に利用される漁船

 海南省、広西省[現在の広西チワン族自治区ーー訳注]、広東省といった沿岸地域の政府は、地元企業が製造する商品の新たな販路を開拓している。そういった企業が成功すれば、地元役人の中央政府での地位を保証することになる。中国共産党への忠誠がある限り、彼らは地域内の商取引を自由自在に行なうことができる。経済成長政策と地域当局の自治権拡大との結合によって人々に欲が出ているのだ。そのため、地域当局は漁民を促して紛争水域にどんどん侵入させる。特筆すべきは、強制的に漁船を近代化させ船に衛星ナビゲーションを設置させたことである(注4)。最大規模のトロール船への漁業権優先割り当ても、同方向への誘因となっている。


 さらに海南省政府は西沙諸島において観光業を発展させようと何度か試み、ベトナムの激しい抵抗にあっている(注5)。「まず行動し、後から考える」、これが北京政府の顔色をうかがう地元当局のスローガンらしい。地方政府は経済という戦場で自分たちの駒をできるだけ遠くまで進め、やがて中央政府が眉をひそめるようになるとようやく撤退の旗を上げる。


 また、中国で最大の権力を持つ二つの海上保安組織が対立している。一つは国家海洋局で国土資源部の所管であり、もう一つは魚政漁港監督管理局で農業部の管轄にあり、それぞれ船団増強と積極政策という形をとって紛争水域に現れた。この二つの機関は、それぞれの所属省庁から助成金と優遇措置を手に入れようと競い合い、予算増額を獲得するために自分たちの管轄の国境線を押し戻そうとしている。双方にとって、領有権を主張して踏ん張ることが、国内を満足させる戦略の一環となる。中国政府としては、非軍事機関を利用することで直接的な軍事衝突というリスクを避けている。


 しかし、たとえ警察パトロール船の被る損害が軍艦より低額だとしても、国の主権を守る手段として活動を広げて行けば、それは衝突事件の増加に手を貸すことになるだけだろう。さらに漁船もまた、中国海域の旗手としての役割を果たすことが次第に多くなり、近隣諸国の船舶との摩擦を一層危険なものとしている。


 中国海軍は、その影響力が南シナ海で高まっているにもかかわらず、これまでのところ二義的な役割しか果たしていない。事件が起きた場合は、護衛艦は後ろに控えているか、あるいは遅れて到着して現場の対処を文民当局に任せてきた。が、それでも、海軍の増強と近代化が完全に不透明な状態で行なわれ、さらなる緊張の原因をつくり上げることに変わりはない。というのは、他の国々も海軍部隊を増強せざるを得なくなるからだ。


中国の外交はどこに…?

 原則的に言って、中国外交部は指導的役割を果たす部署だとみなされているが、実際には外交部に権威はない。現役の外交部長、楊潔チ(ヤン・ジエチー)は、「国務委員(副首相級)、戴秉国(ダイ・ビングオ)ほどの権限も行使していない」と、ある北京裏事情通の記者は皮肉る。領有権問題が再燃したのは権力の本当の保持者が外交の実権を手に入れてからだ、という。通商、金融、国家公安それぞれの部長、それだけではなく国家発展改革委員会のトップが外交上の権力を握っているのだ。外交部にとって端役的な役回りは不愉快きわまるものだ。中国が振るっている経済的・地域的影響力に対して、中国外交部にそれ相応の責任を取るよう多くの声が上がっているから、いっそうのことである。


 中国政府には国民の民族感情を利用する傾向がこれまでずっとあった。しかし、この傾向は政府自体に刃向かってくる可能性がある。2012年初頭、外交部長が騒ぎを沈静化させたいと思って、「中国は南シナ海全体が自分のものだとは全く主張していない」と説明したとき(注6)、その発言が激しい不満を煽ってしまった。数十年来、政府は正反対の説明をしてきた結果がこれだ。多くのインターネット利用者が共産党執行部内で粛清を行なうよう呼びかけた。党は「人民の血と汗を搾取し」、「国益を安売りする」ような「裏切り者」や「堕落者」を擁護したとして糾弾された(注7)。幹部たちが危惧しているのは、こうした怒りが広まって国の安定を損なうような混乱に至ることである。


南シナ海の争奪戦

 権力は反撃が必要なときには躊躇はしない。2012年4月のスカボロー礁での事件はその後の事態のエスカレートのやり方をよく示している。最初の段階で、フィリピンは軍艦を派遣して中国漁船の侵入に対処した。すると中国はこの機会を捕えて礁の所有権を主張し、当該水域に保安部隊を配備し、フィリピン漁船が進入することを禁じた。フィリピン産トロピカル・フルーツの輸入には検疫を受けさせ、旅行社は営業中止に追い込まれた。中国は、スカボロー礁を支配し、フィリピン人がそこで漁をするのを妨害し、自分たちの利益に合った既成事実をつくり上げた。


 6月に北京政府が厳しく報復したのは、ベトナムが「海洋法」を採決し、南沙および西沙諸島水域に新しい航行ルールを導入したときだった。中国当局は即座に市庁所在地、すなわち三沙市の成立ばかりでなく駐留軍設置も公表した。おまけに、中国海洋石油総公司(CNOOC)は、発見された9油田の石油開発許可証を交付し始めたが、それはベトナムの排他的経済水域の中にあり、ベトナム政府がすでに《ペトロ・ベトナム》社に委託していたものと重複していた。


 ベトナムとフィリピンの努力は、2012年7月に開催された第45回ASEAN(東南アジア諸国連合)大臣級会議で水泡に帰し、中国政府を大いに満足させた。というのは、両国は領海問題に関する声明をプログラムに盛り込もうとしたのだが、会議主催国のカンボジアの反対に会い挫折したのだ。そこにどうしても見えてしまうのは、個々の出来事をそれぞれ異なったやり方で取り扱い、その一つ一つを個別に勝ち取っていくという中国側の戦略の本質である。


民族主義と欲求不満

 南シナ海における緊張がこの夏頂点に達したと思われたが、9月には別の危機が今度は東シナ海で発生した。それは尖閣/釣魚5島のうちの3島を取得した日本政府の発表とともに起きたのだが、この島嶼はその時まで裕福な日本人実業家の所有であった(注8)。日本の政府はこの買取りを、国粋主義的な東京都知事 −新党設立のため辞職したばかり− の願望を早めに刈り取る施策だとして正当化した。日本政府によると、中国の次期最高指導者、習近平(シー・ジンピン)の任命式の前にこの作戦を実践し、初登庁時に「平手打ちを食わせるようなことは避け」なければならなかったのだ、という。中国政府は激しく反発した。


 日中にはさまれたこの水域においては、南シナ海以上に民族主義が紛争を激化させている(注9)。中国では、日本の占領中に被った残虐行為を理由に、尖閣/釣魚諸島の領有権をめぐる紛争で報復感情が駆り立てられており、他のいかなる領土紛争をもはるかにしのぐものである。一方、日本に対する反発は大韓民国でも同様に非常に強烈になっている。それは竹島(日本名)あるいは独島(韓国名)の諸島をめぐる論争においてである。多くの日本人は、中国の登り「竜」の勢いに脅威を感じ、中国が自分たちの本来の主権を侵犯するのではないかと恐れている。


 中国政府は、以前は国益に合わせて上手く愛国心を操作できていたが、今日ではその支配力は衰えてしまった。情報・通信テクノロジーの発展が反日感情の捌け口に利用され、その感情は権力の座をぐらつかせるほどの力になっている。民族主義者たちの欲求不満に加えて、中国政府は日本に対して面子を保ち損ねたという印象が重なった。さらには、汚職や社会保障の欠如、さらに不動産価格の高騰などで苛立ちがつのっている。


「中国の相手はアメリカだ」

 さらに、第二次世界大戦中は日本軍と戦い、その後は平和主義を促進することを当然視するように見えた旧世代の人たちが次第にいなくなっている。外交部で実権を持つ一部の外交官が現在考えているのは、中国はもはやライバル大国に対して遠慮などすべきではない、中国は経済力では日本を凌いでおり、きわめて急速にアメリカをも凌ぐようになるだろうから…、ということである。彼らの関心は中米関係に多く向けられ、中日関係にはあまり向けられなくなっている。多くの指導者にとって日本政府はもはやワシントンの支店でしかない。日本の外交政策はアメリカのアジア戦略に左右されており、その戦略は新しい中国の威力を阻むことにある、といわれる。


 それ故に、日本政府の尖閣/釣魚諸島買い取りに対する中国政府の苛立ちはエスカレートし、経済制裁および大規模軍事演習となって現れた。演習には海軍、空軍、戦略ミサイルの発射装置が動員された。さらに当局は越境不可の境界線を設置すると公表し、事実上この諸島を中国の監視下に置くという法律文書を入念につくり上げた。明らかな併合までは行かないとしても、中国は、これまで日本の巡視船が監視してきた水域に警備艇を緊急に送る自由を得た。これによって新たな衝突の起きる可能性が再び大きくなった。


 ナショナリズムの高揚、軍拡競争、地域における統率力の欠如、政権交代の不安定な様相、こういった要因が、東シナ海における危機の悪循環を深刻化させている。紛争の拡大を抑制できるような社会の体制、構造、プロセスが、この何年かで著しく弱くなった分、この危機は一層ひどくなっている。





(1) 「危険な水域」(≪ Dangerous Waters ≫, Foreign Policy, Washington, DC, 2012年9月17日号)参照。
(2) 《Set aside dispute and pursue joint development》, ministère des affaires étrangères de la République populaire de Chine, 17 novembre 2000. Cf.《White paper on China’s peaceful development》, Information Office of the State Council, 6 septembre 2011.
(3) 「南シナ海の大騒動(I) 」(≪ Stirring up the South China Sea (I) ≫, Asia Report, n° 223, International Crisis Group, 北京, 2012年4月23日付)
「九匹の竜」は中国の伝説。竜が生んだ9匹の子が各々の性格に合った場所で各々が活躍するが、結局、親である竜にはなれなかった。[訳注]
(4) 衛星ナビゲーション・システムがあれば、紛争が起きた場合、中国軍はより迅速に干渉することができる。これはスカボロー礁の場合も同様だった。「漁業の話」(≪ Fish Story ≫, Foreign Policy, 2012年6月25日付)参照。
(5) ≪ Stirring up the South China Sea (I) ≫, op. cit.
(6) 2012年2月29日、外交部スポークスマン、洪磊(ホン・レイ) 氏の記者会見。
(7) 「中国のエリート国賊たちは南シナ海でいかに国益を大安売りしているか」(中国語) (www.china.com 2011年7月1日)参照。
「南シナ海の国賊たち、国民の敵、永久涜職罪の輩たち」(中国語) (www.nansha.org.cn 2012年5月15日)参照。
(8) クリスチャン・ケスレル「尖閣/釣魚諸島、中日紛争の根源へ」(Christian Kessler, ≪ Iles Senkaku-Diaoyu, aux origines du conflit sino-japonais ≫, Planète Asie, Les blogs du Diplo, http://blog.mondediplo.net 2012年9月25日付)参照。
(9) 「グツグツ煮え出した中日尖閣問題は沸騰の恐れあり」(The Guardian、ロンドン、2012年8月20日付)参照。
       

(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電 子版2012年10月号)