混乱と情報操作

メディアの戦場と化したシリア

マルク・ド・ミラモン(ジャーナリスト)

アントナン・アマド(ジャーナリスト)

訳:仙石愛子


 戦場は危険で近づけないというのに、1年半も持続している民衆蜂起をどのように報道すべきだろうか? 現政権の残忍さが明白であるとしても、一部のメディアは反政府グループの主張を確認も取らずに報道し、サウジアラビア、アメリカあるいはトルコといった大国の権力ゲームをわからなくする。こういったやり方では、情報伝達よりもプロパガンダの方が優勢になる。シリアで毎日数百名の無辜の民が政府軍に殺されているというニュースは、実はある特定のひとつの情報源から発せられており、しかも確固とした証拠がないまま、全世界の通信社、新聞で引用されている。[フランス語版・日本語版編集部] 


誤った情報に振り回される大新聞

2012年7月22日付『フィガロ』紙は、シリアの「化学兵器が監視下に置かれている」「化学兵器の配置を見極めるためにアメリカ特殊部隊が配備された」と伝えている。ヨルダンではある外交官が警告する、「化学兵器の脅威がアメリカ介入のきっかけとなりうるのです。」つまり、10年前イラクについて書かれたシナリオと同じものが、少々の違いはあるとしても、今度はシリアに適用されようとしている、というのだ。アサド大統領は大量破壊兵器を反政府軍に投下するだろうか?もっとも、非難はすでに数ヶ月前から上がっていた。「アサド大統領の殺し屋たちが、反政府軍支配の街ホムスから遠くないアル=ラスタン地域で、毒ガス使用を含む空中作戦を開始した」と、ベルナール=アンリ・レヴィ(注1)のサイトは、すでに2011年9月から伝えている。


フランス通信社(AFP)は極めて慎重で、2012年7月27日に以下のように書き送っていた。「われわれはこの情報をハマ地方で数十人の人々から聞きとった。しかし、1週間におよぶ調査にもかかわらず、蜂起のリーダーも、族長たちも、医者も、一般戦闘員・市民も、動かしがたい証拠を誰一人として提示できなかった。」シリアの内戦は「情報伝達と情報操作の戦争でもある」と同通信社は結論づけている。


2012年1月29日。撹乱工作は「反政府軍に近い活動家筋(注2)」に属するツィッター(@Damascustweets)から発せられた。その中身は、アサド大統領はシリアから逃亡したようだ、大統領官邸は自由シリア軍(ASL)に包囲され、追い込まれた独裁者は妻子と手荷物と共に、必死の思いで首都から国際空港に辿り着き、モスクワへ逃避しようとしたらしい、というものだった。検証はできないが、それでもその「うわさ」は「根拠がないわけでもない」と、『ヌーヴェル・オプセルヴァトゥール』電子版は断言している。すなわち、「BBCの中東特派員、ジェレミー・ボウエン氏によると、自由シリア軍はもはやアサドのいる大統領官邸からわずか30分の地点にすでに迫っている。独裁者を亡命へ追いやるかも知れない軍事情勢となっている(注3)…」という。


2012年7月18日。ダマスカスにおいて、反政府軍の新たな攻撃がこれまでになく激しい戦闘を招く一方で、爆弾が国家公安司令部で爆発し、国防大臣と大統領の義兄アセフ・シャウカト(注4)が共に殺害された。一連のフランス情報によると、反政府軍幹部の大半はシリア国民評議会(CNS)出身であるが、彼らはこの事件について、現政権は最後の日々、というか最後の時間を迎えようとしていると生放送でコメントしている。「そうです、これは最終章の始まりと言えるでしょう」と予測するのは、《シリア非宗教民主の力連合》代表で国民評議会メンバーのランダ・カシス女史(注5)だ。イギリスの日刊紙『ガーディアン』の引用する匿名情報によるとアサド大統領本人もその攻撃で負傷したそうで、さらには大統領夫人は再度モスクワ行きの飛行機に乗った、自由シリア軍がイスラム主義過激集団と並んでテロの犯行声明を出した、とか報道している。一方、体制側は「外国勢力」(トルコ、カタール、サウジアラビアなど)による反政府軍援助があると見ている。


権威ある通信社も…

結局無傷だったアサド大統領は2日後には「出発」をうけいれるだろう、「ただし文明的なやり方で」。7月20日9時少し前に、こう伝えたのはフランス通信社の外電だった。イギリスのライバル通信社、ロイターもこの「スクープ」を約30分遅れで確認したが、実際には、駐仏ロシア大使がラジオ・フランス・インターナショナル(RFI) のインタビューで話した内容を再報道したものだった。ロシア大使はアサド大統領の出国には全く触れず、6月30日にジュネーブでシリアが受け入れた約束、つまり「より民主的な政権に向けて」進むという約束を指摘しているに留めているだけなのだが。


民主主義、まさにこの目的のために、2011年3月の蜂起以来シリア人同士が争っているのだ。民衆蜂起が粗暴で残忍な弾圧を受けていることは十分に報道されている(注6)。が、紛争はメディアの領域でも起きているのだ。欧米の大半の報道機関が伝えない戦争である。確かに、戦場の実情を読み取るのは特別に難しい。シリア政府はビザの発給をなかなか認めない。生命の危険を冒して、蜂起実践グループとの合流に成功したジャーナリストは誰でも、自由シリア軍と全くあるいはほぼ同じルートを辿る。その上、彼らの情報はこの同じ自由シリア軍が語る話とぴったり一致する。そしてそれは、後見人であるトルコ、サウジアラビア、カタールの話とも一致していた。残忍な政府軍は平和的なデモ集会を押しつぶして血の海に沈める。そういった集会を守る民主化運動家たちは勇気には満ちているものの、武器、弾薬、医薬品等が不足しているのだ。


アサド政権の招待(注7)を受けた何人かのジャーナリストに関して言えば、彼らは全く異なる話をたんたんとしている。残忍に手足を切断された兵士の死体が病院の霊安室に積まれていた話、市民解放のためには戦わないが、イスラムの教えに従って、湾岸産油国の支援を受けながらゲリラ活動をおこなって、少数派(キリスト教徒、アラウィ派、その他)の人たちを恐怖に陥れる武装小集団の話、等々である。


反政府軍にとっては厄介なことだが、シリアにおけるジハード・グループの存在は今では確認され、その一部はアル=カイーダを名乗っている。反政府側を彼らが「政治的、軍事的に支援する」もう一つの理由について、『リベラシオン』紙(2012年8月6日付)は警鐘を鳴らす。「その理由とは、反政府側の自由に任せず、最終的な勝利をイスラム・グループが握ることだけらしい。」


革命的「善」とジハード的「悪」の区別は往々にしてむずかしい。アブー・アジャールは「4ヶ月前パリ地域をあとにし、反アサド蜂起に参加したジハード戦闘員」だが、自らを「イスラム主義活動家であって、親アルカイーダのジハード戦士ではない」と定義している。『フィガロ』紙の記事で彼がはっきりと証言しているのは、「キリスト教少数派やアラウィ派」は、その大部分が現政権を支持しており、彼らは将来のシリア「国会に代表を送り込むだろう」ということだ(注8)。さらに彼はサルジェの村に「布教センター」を開設して、「偉大なジハード理論家」イブン・タイミーヤ(注9)の「発禁本」の数々を広めてきたと語っている。ここで『フィガロ』紙が指摘しているのは、イブン・タイミーヤが対アラウィ派聖戦を呼びかけるファトワ(注10)の著者でもあることを彼は明言していない、ということだ。


アラブの衛星チャンネル

しかし、こういったいくつかの証言はシリアのドラマの根本に触れることはない。ホムスの爆撃、ホウラの大量殺戮、ジャーナリストのマリー・コルヴァン、レミ・オクリク、ジル・ジャキエの死 ―ジャキエは今では、蜂起側からの射撃で殺されたと言われている。少数の語り部がこの紛争の物語を支配している。その中には中近東の主要衛星チャンネルも入っている。アル=アラビーヤとアル=ジャジーラを所有しているのは、アラブ連盟二つの湾岸大国、サウジアラビアとカタールであり、外交の新たな拡声器としている。この二つの絶対王政はいかなる民主的正当性をも持たないが、近隣諸国の「自由」は推進し、シリアと「地域内冷戦」を行なっている。その二カ国に言わせると、シリアは、ベイルートからバグダッドまで広がっているという「シーア派のアーチ」(注11)に加盟し、バーレーンに揺さぶりをかけるアラブ最後の政権だという。


これらの衛星チャンネルは、自分達が流す情報の信憑性についていささか怪しげなところがあっても、好意的な先入観に助けられている。たとえばエッセイストのキャロリーヌ・フレストは『ル・モンド』紙(2012年2月25日付)に次のように書いている。「アル=アラビーヤによると、イラン政府が同盟国シリアに火葬炉を納品した、と反イラン政府勢力が明言しているという。アレッポの工業地帯に設置されるとしたら、火葬炉は確実に政権側のものだろう…反政府軍の遺体を焼くためなのだろうか?」


シリア人権監視団(OSDH)とは

その他では、メディアはシリア人権監視団(OSDH)の提供する情報をもとに報道をしており、この団体はフランス通信社、AP通信、ロイターなどを通して、対立の現状や反政府軍の話を提供している。創設者ラミ・アブデル・ラーマヌ氏は2000年にイギリスに移住し洋服店を経営しているという。コヴェントリーのアパートから彼が明確に述べるのは、「私はイギリスで生活している唯一の組織メンバーです。が、私はシリア、エジプト、トルコ、リビアに200人のボランティア通信員を擁しています。軍人、医師、反政府軍の闘士などです。」彼は完全な中立性を主張する。「誰からも援助は受けていません。私がこの組織を設立したのは2006年でした。祖国のために何かをしたかったのです。」普通の秘書一人の補助だけでどのようにして、ほぼリアルタイムでシリアの隅々での戦闘員の数(死者や負傷者)を知り、確認できるのだろうか?


いずれにせよ、フランス通信社はシリア人権監視団に対して、無視できない情報源という評価を与えた。エゼディーヌ・サイード氏がその点を詳細に説明する。「最初に同団体を使ったのは2006年11月です。この組織はかつて、信頼でき信憑性があるところを見せてくれました。ですから、われわれはここの情報を使い続けました。」キプロスのニコシア支局の編集局長サイード氏は中近東関連の情報収集の権威だが、彼は「わが社のジャーナリストは現場でこの団体の通信員と実際に接触したことはありません」と認めている。シリア政府の中で働く人々は活動の自由を持たないために、シリア情勢についての総合的な見解を提供する体勢にはない。シリア人権監視団は、自らの公式発表に政治的な見解を込めることは決してなく、完全な情報源とはいえない。しかし、戦場の死者に関して最も信憑性の高い数字を提供してくれるのはこの組織なのです。」フランス通信社では不信感を隠さない人たちもいる。「この団体が信頼できない組織だということははっきりわかっています」と同通信社の主要特派員は嘆く。「しかし、われわれはそれでも彼らの数字を流し続けます。経営陣に問いただしてもその答は常に同じです。『君たちの言うことは正しいだろう。しかし、他の通信社も同じことをやっている。この世界は競争が激しいからな』ってね。」


一例を挙げると、シリア人権監視団がホウラの虐殺を隠匿したやり方は、彼らの標榜する公平さに疑問を投げかける。同様にその疑問は通信員の信用にも投げかけられる。2012年5月25日にホウラで108人が殺された。49人の子供と34人の女性が犠牲となったこの小さな町は、ホムスの北方に位置し、いくつもの村が合併してできた街だ。5月26日付でフランス通信社が中継した報道の中で、この団体は爆撃の犠牲者数を最初は90人と伝えていた。国連とアラブ連盟に委託された監視員たちが5月29日に確認したところ、犠牲者のほとんどがナタ、鎌、剣の類を使って殺されたということだった。国連は同日、虐殺のあった地区が反政府軍に掌握されていたことを明らかにした。


内戦報道の危うさ

国連人権委員会の8月16日付報告書は、最終的に犠牲者の「大多数」が政府軍の攻撃によるものだとしている。とはいえ、国連の調査員は現地に赴くことも、虐殺の「張本人は誰なのかを明確にする」こともできなかった。にもかかわらずシリア人権監視団による最初の情報が広く流され、それをフランス外交が利用し、国連安全保障理事会でロシアが譲歩するという結果に至ったのだ。ローラン・ファビウス外務大臣は、『ル・モンド』紙(2012年5月29日付)のインタビュー記事で「ホウラの虐殺を見て人々の考えが変わるかもしれない」と述べている。


アムネスティ・インターナショナルのドナテラ・ロヴェラ女史は、去る4月から5月にかけての3週間、内密にシリアに赴き、紛争に巻き込まれた人々の情況を明らかにしようとした。彼女はこのような企画の難しさを指摘する、「病院でさえ信頼できる情報源ではありません。というのは、負傷者は病院に行けば必ず治安部隊に逮捕されるからです。私は軍による大量殺戮のとき、アレッポにいました。アパートにしつらえた間に合わせの救急医療班をみつけました。そこでは不十分な設備のもと、何人かの医師が負傷者の苦痛を和らげようと努力していました。死傷者数を明らかにするならこういう場所の方がやりやすいのです。事件のあと駆けつけて、命が助かった人たちや近隣の人たちの証言を集め、砲弾の破片や壁の弾丸など戦場に残された痕跡を検証しなければなりませんでした。」そして彼女が強調したことは、「国外でも作業することは可能ですが、そうすると別の問題が発生します。中でも問題となるのがわれわれのよく知らない情報提供者、われわれを操ろうと企む情報提供者の信頼性に関してです。」


7月末、アムネスティ・インターナショナルは、犠牲者の数をシリア人権監視団発表の1万9,000人から1万2,000人に下方修正した。前者NGOが望む情報の正確さに、後者団体のアブデル・ラーマヌ氏が提供する数字はほど遠いことがわかる。正確さと、マスメディアを支配する速報至上主義、特にネット上の速報至上主義は、とりわけ両立しえない。




(1)「シリア ― 革命勢力は武装化しNATOの支援が求められる」2011年9月30日付。www.laregledujeu.org
(2) 「バシャル・アサドは逃亡した…ツィッター」2012年1月30日付。www.lepoint.fr
(3) 「バシャル・アサドはモスクワへ逃亡しようとしたのか?」2012年1月30日付。 tempsreel.nouvelobs. com
(4) 姉の夫で当時国防副大臣。[訳注]
(5) 「ダマスカスの戦闘 ― アサドは時間の問題か?」『ル・デバ』誌、フランス24、2012年7月19日付。
[フランス24はフランスの国際ニュース専門チャンネルーー訳注]
(6)「拷問群島 ― 2011年3月以来シリアの非合法監獄で恣意的な逮捕、拷問、強制失踪が行なわれている」Human Rights Watch, ニューヨーク (2012年7月3日付)
(7) Patricia Alléonière のルポルタージュ (TF1で7月に放映) 参照。
[TF1はフランスの民間テレビ局ーー訳注]
(8) 《 Abou Hajjar, combattant français en Syrie (アブー・ハジャール、シリアで戦うフランス人)》『ル・フィガロ』紙、パリ、2012年8月4, 5日付。
(9) 13世紀後半から14世紀前半にかけてシリアとエジプトで活躍したイスラム法学者。[訳注]
(10) 宗教上の問題について、有資格者の法官が下すイスラム法に則った判決。[訳注]
(11) イラン、イラク、シリア、レバノンのシーア派が団結して影響力を高めようとする動き。[訳注]
       

(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電 子版2012年9月号)