カンヌ映画祭

《パルム・ドール》の選び方

セルジュ・ルグール*

*トゥールーズ=カピトール第一大学教授


訳:川端聡子


 毎年88カ国から約5000人のジャーナリストや映画関係者が訪れるカンヌ国際映画祭。20本前後のコンペティション部門正式出品作品の上映会場は、彼らでごった返す。カンヌでの反響と経済効果は無視できない。カンヌ映画祭の意義と歴代受賞者たちの変遷を検証する。現在カンヌ映画祭総代表であるティエリー・フレモー氏が主導した時代に限れば、ハリウッド的な商業映画を重視しながら、一方では社会参加的な作品の授賞が目立つ。[フランス語版・日本語版編集部]  



 カンヌ国際映画祭について、マノエル・デ・オリヴェイラ監督の言葉を用いれば「世界でもっとも壮麗な祝典」(注1)と言うことができよう。また、一部のシネフィルたちの分析によれば「現実社会からかけ離れた映画監督たちの集い」(注2)でもある。やや異なるこれらの評価のぶれは、しかしながらひとつの真実を如実に物語っている。毎年カンヌが、いわば「スキゾ」の都になるということだ。カンヌはフランス映画の矛盾をよく示しており、フランス映画の在り方をそれなりに象徴している。内輪の部分では、有名な「文化的例外」のルールに従って公的文化支援制度が行われている一方、目立つ部分では、ハリウッド映画産業と同じ方式で製作がなされ、高い集客率の見込める俳優がキャスティングされるのである(注3)。

 

 会期中の12日間は、参加者たちによって一般世界からかけ離れたミクロコスモスが形成される。しかし、彼らが品定めに熱中するのは私たちの社会の在り方を問う作品である。それらは概して夢物語ではなく、あまりハッピーな気分になれないことは歴然だ。ところが各作品の上映が終わると、お祭り騒ぎ、スパンコールの紙吹雪、人の波となる。いわば映画祭の一方の顔はケン・ローチ、他の顔はベルナール・タピ(注4)なのである。このような両面性がもっとも華やかな国際映画見本市であるカンヌの要素であるならば、そのせめぎ合いが入賞者リストにどのように反映されているか見るのも意義深いかもしれない。金ぴかものの作品が社会派作品群を抑えるのだろうか。でなければ、栄冠に輝いた社会派作品とはどのようなものなのだろうか。


 まず強調しておきたいのは、カンヌの風潮を反映して選考される作品の出品国が偏っていることだ。ブラック・アフリカやマグレブの作品は、影が薄いどころか皆無である。しかしながら、いわゆるブロックバスター映画の上映や、スターたちのレッドカーペット・ウォークといったイヴェントはカンヌの慣例となっている。それに対し、ジャン=マリー・ストローブやダニエル・ユイレのように何人かの巨匠たちはなんら賞の栄誉にあずかったことはない。またカンヌが女性監督を嫌っていることも目立つし、指摘されてもいる(注5)。2012年の公式コンペティション部門22作品には、女性監督はひとりとして入っていない。女性監督でパルム・ドールを受賞したのは、1993年の『ピアノ・レッスン』のジェーン・カンピオンのみである。受賞作の評価をするにあたっては、こうした点を考慮する必要がある。

 

受賞作に見られる、ある種の傾向

 公平を期して“フレモー時代”を検証するにとどめよう--ティエリー・フレモー氏がカンヌ映画祭の芸術ディレクターとなった2004年から、その後2007年に公式セレクション選考委員会委員長である総代表に任命され、現在に至るまでである。2005年と2006年のパルム・ドールには、社会的メッセージ色が目立った。カンヌの常連であるジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ兄弟とケン・ローチが、ともに彼らの得意とする分野の作品で受賞した。ダルデンヌ兄弟監督作『ある子供』は、生活保護で食いつなぐ若い父親と母親が、“取引き”に関与する。赤ん坊を金銭に変えようとし、その果てに投獄されるしかなくなっていく。反対に、ケン・ローチ監督作『麦の穂をゆらす風』は、ローチ作品によく見られるテーマだが、闘いによって世界が変わることの希望を描く。『麦の穂をゆらす風』では1921〜23年までのIRA(アイルランド共和軍)のイギリスの圧政への抵抗闘争だ。このふたつの作品は、闘うことで正しい未来を築くことができるという希望的観測と、社会的閉塞感による絶望とに引き裂かれている。


 2007年のパルム・ドール賞は、ルーマニア人監督であるクリスティアン・ムンジウの『4ヶ月、3週と2日』に贈られた。チャウシェスク統制下の抑圧された日常を描くこの作品は、チャウシェスク大統領失墜2年前の1989年が舞台となっている。2008年は全体として広い意味での政治色の強い作品が圧勝した。審査員全員一致でローラン・カンテ監督『パリ20区、僕たちのクラス』がパルム・ドールに輝いた。この作品では、多文化社会に生きる生徒の生き辛さに立ち向かう教師の姿が描かれる。この年、ほとんどすべての賞が社会問題に目を向けた映画に与えられた。グランプリは、マッテオ・ガッローネ監督『ゴモラ』に贈られた。ロベルト・サヴィアーノのベストセラーの映画化で、揺るぎないヨーロッパ民主主義の中で、法治国家にぱっくりと口を開けた巨悪に関する背筋の凍りつく記録だ。男優賞は『チェ』のベニチオ・デル・トロが受賞。審査員賞はパオロ・ソレンティーノ監督『イル・ディーヴォ 魔王と呼ばれた男』が受賞。キリスト教民主党の象徴として政界に君臨したジュリオ・アンドレオッティについて、1990年代初頭まで20年以上にわたり権力の座にあった姿、そしてコーザ・ノストラ[シチリア・マフィア--訳注]絡みの裁判で描く。脚本賞は、ダルデンヌ兄弟の『ロルナの祈り』に贈られた。移民問題と彼らを食いものにするマフィアの問題を背景に、“社会的弱者”というテーマが追究されている。


 イスラエル人監督、アリ・フォルマンによる『戦場でワルツを』についても触れるべきだろう。ファランヘ党[キリスト教マロン派系極右政党--訳注]によるサブラ・シャティーラのパレスチナ難民キャンプでの大量虐殺の実話に基づいたドキュメンタリー・アニメーションである。最後にカメラ・ドール賞。1978年に創設された、部門を問わず最良の処女作に贈られるこの賞は、イギリス人監督スティーヴ・マックイーンの『ハンガー』に授与された。1981年、獄中にあってハンガー・ストライキを決行したIRA闘士のボビー・サンズとメンバーらを描くこの作品は、複眼的手法によって、民主主義と全体主義との線引きは曖昧であると暗に語っている……。2009年は、昆虫学的な描写で、ピュリタニズムに抑圧され歪んだ村社会を描き、ナチズム台頭の秘密を暴いた作品(ミヒャエル・ハネケ『白いリボン』)がパルム・ドールに選ばれた。グランプリは、服役したけちなチンピラが本物の“プロ”になっていく変貌過程を描いたジャック・オディアール監督『予言者』に贈られたが、重視されていた政治性は前年度よりもやや薄れた。

 

 この数年間を見てくると、選考メンバーが好んでパルム・ドールを与えてきた作品は、ほとんどが歴史に題材を求めたもので、なにか記念碑的な重要性を持つ20世紀のいくつかの事件に焦点が当てられている。ダルデンヌ作品を除いて、厳密な意味で今日的な問題を扱っているわけでなく、社会問題には慎重な姿勢が目立つ。政治家筋が反応することも多々あったことは事実だ。たとえば、クリスティーヌ・ブタン住居相は、フランス全国教育映画祭グランプリ受賞作でもある『4ヶ月、3週と2日』のDVDを教育現場へ配布することに反対したが、成功しなかった。また、アルジェリア独立運動について描いたラシッド・ブシャレブ監督『Outside the Low (Hors-la-loi)(原題)』の選出は、右翼政治家や地方議員の激しい反発を招いた。一方では、イタリアのサンドロ・ボンディ文化相が『Draquila - Italy Trembles(英題・日本未公開)』の選出後、映画祭への出席をボイコットした。この作品がベルルスコーニの行状を扱っていたためである。政治家たちの反発にも拘らず、これら受賞作品が扱うテーマは誰もが認める価値を持つのではないだろうか。

 

変化する傾向

 2010年は、ターニング・ポイントとして記憶に留められる。パルム・ドールに輝いたのは『ブンミおじさんの森』だ。タイ人監督、アピチャートポン・ウィーラセータクンは、生命の変遷の記憶を映像化した。ほとんど実験映画とも言えるこの作品は、輪廻転生のファンタジーに満ちあふれ、俗世的な思考から遠く離れた神秘の境地に観る者を引き込む。もちろん強烈な政治的メッセージも探求され、現代世界の混迷を論じるに足るものとなっている。監督は、タイにおけるレジスタンス運動の経過、仏教の影響、そしてあまりにたくさんの蟻を、……そして共産主義者たちを殺した後悔の念に囚われる主人公を描き出した。

 

 2011年のパルム・ドール受賞作『ツリー・オブ・ライフ』について、もはやこれまでのような考え方は通用しない。アメリカ人監督のテレンス・マリックは、抑制の効いた演出で、あるアメリカ人家族の歩みと天地創造とを対置し、宇宙的スケールで、かつ形而上学的に描き出した。本作によれば、世界の政治社会学的解釈は荒唐無稽でしかない。最後に、2012年のパルム・ドールである。3つの永遠のテーマ、“生・愛・死”を中心に据えた作品が受賞した。ハネケ監督作『Amour(原題・日本未公開)』である--ハネケ監督はこれでパルム・ドールの2回受賞という極めて稀なケースの仲間入りとなった--。ある夫婦の老いと死を、内密かつ悲痛な記録で綴ったこの作品によって、ハネケもまた“永遠性”というものの探求に足を踏み入れたのである。当然のことながら、社会派の作品は無冠ではなかったが、パルム・ドールは逃した。審査員賞受賞のローチ監督『The Angels' Share(原題・日本未公開)』、グランプリ受賞のガッローネ監督『Reality(原題・日本未公開)』である。2作品とも社会問題を絡めたコメディで、『Reality』は、危機的な社会で取り残された人々がテレビ出演願望に取り憑かれるといった内容だ。

 

ジレンマを超えて

 このように数年前と傾向の大きく異る作品に賞が与えられることは、確かに芸術性を測る基準に多様性があるからではある。しかし、ある種の超越性を持つ秀作を避難場所として支持すると考えることもできなくはない。理由として、たとえば商業ベースに囚われずに血の通った映画製作ができる将来を考えることは困難であるからだ。この点を指摘した上で、やはり強調すべきは、カンヌで賞を獲得したどの作品もある程度の興行成績を挙げているということである。『ツリー・オブ・ライフ』のフランスでの観客動員数は87万2895人。対して、当時公開された『パイレーツ・オブ・カリビアン/生命の泉』は475万5981人に達する??『最強のふたり』については言うまでもない。『ブンミおじさんの森』は12万7511人。またパスカル・ショメイユ監督『ハートブレイカー』が約380万人。また、『白いリボン』は65万人近くを動員。パスカル・プザドゥー監督『De l'autre cote du lit(原題・日本未公開)』は約180万人の動員を記録した??そしてジェイムズ・キャメロン監督『アバター』(1460万人超)については説明は不要だろう。


 さらに言えば、授賞リストに載ることは批評家たちの解読方式・価値観から逃れることを意味する。批評家たちが映画界を牛耳る大物プロデューサーと--場合によっては渋々ながら--結束しているのは、よくあることだ。その意味では、開幕直前の批評家たちの予想と実際の授賞リストとを比べてみるのはなかなか愉快である。2012年のカンヌも例外ではなかった。パルム・ドールと男優賞・女優賞とも、ジャック・オディアール監督『De rouille et d'os(原題・日本未公開)』、レオス・カラックス監督『Holy Motors(原題・日本未公開)』の一騎打ちと思われていた。しかしその両作とも賞を逃し、映画業界における監督・俳優のポジショニングを覆して、それほど有名でない芸術家たちに席が譲られた。少なくとも、その点については審査員たちの貢献に感謝すべきだろう。彼らは、時には限られた実権を行使し、名実ともに既成秩序の保護者たるもっともらしいメディアの権威の鼻をへし折ってくれるのだ。


 



(1) Cf. Jacques Kermabon, ≪ La preuve par l’image ≫, 24 Images, no 138, Montreal, 2008.
(2) Philippe Person, ≪ Cannes, un festival qui tourne a vide ≫, Le Monde diplomatique, mai 2006.
(3) Cf. L’Exception culturelle, Presses universitaires de France, 2004 (2e ed.).
(4)ベルナール・タピ 1943-。フランスの実業家。フランスの名門サッカー・クラブ「オリンピック・マルセイユ」のオーナーとなったり、アディダス社を買収したりと、派手な言動で一部の若者の支持を集めた。1980年代には政界に進出し、ミッテラン時代に都市問題担当大臣として内閣入りするが、いくつかの汚職事件が発覚し、失脚。俳優としても活動し、映画・舞台・TVドラマに出演している。[訳注]
(5) Cf. ≪ A Cannes, les femmes montrent leurs bobines, les hommes leurs films ≫, Le Monde, 12 mai 2012.

(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電 子版2012年9月号)