リスボン条約も国民投票にかけるべきだ

ベルナール・カセン(Bernard Cassen)
ル・モンド・ディプロマティーク編集部

訳・三浦礼恒

line

 2007年12月13日、欧州連合(EU)加盟の27カ国政府がリスボン条約に調印する。これにより、2005年春以来、すなわちフランスとオランダの国民投票で欧州憲法条約が否決されて以来の、「熟考」期間と婉曲的に呼ばれていた期間が終了することになる。このリスボン条約は、EUの上部機構を整備するという側面を持つ。とともに、EUの極めて新自由主義的な性質を強化するものである。今回の条約が、EUの内部用語で批准手続きの「アクシデント」と呼ばれる事態への防備を固めていたのは、疑いなくこの理由からだ。つまり、民衆の審判に委ねてはならない、ということだ。ヨーロッパ建設の歴史において、加盟国の民衆が、おまえたちは場違いで、お呼びでないと、これほど公然と言い含められたためしはない。

 フランス大統領選の期間中、サルコジが「略式条約」や「ミニ条約」などと事実に反する言い方をしていた新条約、現在では「EU運営条約」という名前となった新条約は、256ページにも及ぶ。欧州共同体設立条約(1957年のローマ条約)に関する300近くの改定条項、EU条約(1992年のマーストリヒト条約)に関する約60の改定条項、12の議定書、および10件ほどの宣言からなる。外交の長い歴史の中には、もっと「略式」で「ミニサイズ」の条約が存在する。

 この文書は、一般人にはほとんど解読不能だ(欧州議会議員の多くも同様だろう)が、その本質は隠しようがない。内容としては、若干の規定を除いて、欧州憲法条約の純然たる焼き直しだ。さらに形式も同じである以上、批准手続きも同じにすべきだった。しかし、そういうことにはならなかった。サルコジが大統領選の最中とその後を通じて、新たな国民投票を行うつもりはないとして主張した理由は、怒りを通り越してしまうぐらい誠意に欠ける。憲法条約は憲法だから国民投票が必要だったが、運営条約は憲法ではないから議会の批准で十分だと言うのだ。しかしながら、欧州憲法条約は、法的な意味での「憲法」にはまったく該当しない。他の条約と同様、一つの条約でしかない。かつてベルギー首相を務め、その後に新条約の草案作りに携わったEU将来像諮問会議のデハーネ副議長も、はっきりそう公言している。

 憲法という言葉は、象徴として条約名に入れられていた。その大きな目的は、現行のEUの政策を「聖域化」することにあった。これらの政策のほとんどは、新自由主義的な性質のもので、欧州憲法条約の第3部に書き込まれていた。新条約では、この第3部そのものはなくなったが、内容は無傷で残っている。というのも、新条約は改定条約にすぎず、これらの政策はもとの二つの条約、すなわちローマ条約とマーストリヒト条約に書かれているからだ。また何より、これらの政策は既に日常的に実施されている。サルコジ大統領は最近、今回の改定条項にはコンセンサスがあるとの主張を掲げ始めた。もし本当にそうなら、有権者に確かめる絶好の機会ではないか。フランスでは、コンセンサスがある問題などめったにお目にかかれないのだから。

 サルコジは自らの駄弁をちっとも信じておらず、やがて馬脚を現すことになる。彼は最近ストラスブールの欧州議会を訪問した折に、非公開の場で本音を語った。「フランスで国民投票が実施され、続いてイギリスで国民投票が行われるようなことがあれば、条約は成立しないだろう(1)」。さらにまずい事態として、「加盟国全部で国民投票が実施されれば、同じこと(2005年のフランスの国民投票と同様の否決)が全ての国で起こることになる」。そこには少なくとも明瞭な認識がある。新条約の熱烈な支持者である週刊誌レクスプレスの記者も、同様の認識を淡々と示している。「民衆の同意を取り付けようとすれば、EUが前進できないことは証明済みだ。(・・・)EUは、世論をまるめこむために、EUの旗や歌といった『あからさまなシンボル』をリスボンでは断念したほど、民衆を恐れている(2)」。まさに図星だ。

 ヨーロッパの建設が民衆の与り知らぬところでしか「前進」できないというのなら、たとえ民意に反するまでに至らずとも、あらゆる条約に謳われているEUの民主的な基礎そのものが危うくなる。これは二の次にしていいような問題ではない。問われているのは主権在民である。つまり内実の前に手続きの形式が重要であり、しかも内実そのものが手続きの形式に左右されているのだ。この問題はそうした意味において、トップレベルの政治家たちはもとより、社会の様々な代表組織に不安を抱かせているのだろう。

フランス社会党への疑問

 欧州憲法条約に関する2005年の国民投票の際に否決を唱えた勢力はみな、また否決派の政治家のほとんどは、当然ながらEU運営条約の批准にあたっても、国民投票の実施を求めて団結している。フランス社会党の執行部はそこに加わらないことを決断した。2005年には条約賛成に回ったものの、幹部の一部と支持者の過半数が「ノン」に流れてしまったことに対し、今回は雪辱を果たすつもりなのだ。党役員の過半数は上下両院の議員に対して、国民投票の実施を求めて奮闘したりせず、批准法案が提出されたら「ウイ」を投じるようにと呼びかけている。大統領選でロワイヤル候補が、その綱領と提案98号で掲げていた国民投票実施という公約は、一体どこに消えてしまったのだろう。この際、国民投票という大きなドアをくぐり損ねた条約を、議会という小さな窓から通してしまえ、ということか。パリ選出のパトリック・ブロッシュ議員は、「社会党には今度こそ、ヨーロッパについて何かしら考えてほしいものだ。たとえ、その考えがサルコジと同じものになるとしても」と率直に語っている(3)

 サルコジが実際に何を考えているかは既に述べた。社会党の中には、国民投票への(根拠ある)不安をサルコジと共有し、その「開かれた」内閣に入ってもいいと考えている者がかなりいる。ただしサルコジは、大統領に選出される前から、国民投票は行わないという旗幟を鮮明にしていた。社会党の執行部は、逆の公約を打ち出していたわけだが、「ヨーロッパ」についてだったら前言を撤回してもいいらしい。

 ある政党が、ヨーロッパ建設の一つのあり方に、こんなふうに拘泥するというのはどういうことなのだろうか。つまり、その最初の段階から、自由化を推し進める機構であろうとし(4)、次いで、とりわけ南側諸国との関係において、新自由主義グローバリゼーションの基準を採用したあり方のことだ(5)。世界貿易機関(WTO)の事務局長へのパスカル・ラミーの選出に続いて、サルコジの後押しにより、国際通貨基金(IMF)の専務理事にドミニク・ストロス=カーンが選出されたことが、社会党にとっての試金石だった。その略号と政策が世界中のほとんどの社会運動から忌み嫌われている多国間機関への拝命が、妥当なことなのかと自問する代わりに、同党の幹部は、2人の優秀な社会党員の「有能性」が認められたことを誇った。

 今のヨーロッパを「さらに」推し進めることは、さらなる自由化、民営化の推進と、公共サービスの見直しを確実に意味している。にもかかわらず、入閣した左派指導者の多くは、「さらにヨーロッパを」と前のめりになっている(条約に「ウイ」を唱えるとはそういうことだ)。そして、今ここで社会変革と富の再分配を目指そうとする姿勢は、きっぱりと封印してしまった。彼らが自らの目前で今日もまた、蜃気楼のように薄れゆく「社会的ヨーロッパ」の影を追い求めているさまは、哀愁をかき立てる。

 ル・ポワン誌の論説委員、クロード・アンベールは、右派自由主義の王道を行くような記事を書き、適切にも「ヨーロッパについての教育」という題名を付け、次のようにダメ押しをしている。「我が国の社会主義者が飽かず口にしてきたフランス式の社会的ヨーロッパなどというのは、数ある夢想の一つにすぎない。パートナー諸国のどこもそんなものは望んでいない。それは保守主義者でも、社会主義者でも同じことだ(6)」。アンベールによれば、反自由主義というのは「きわめつけの反ヨーロッパ的なスローガンだ。共同体を形づくるヨーロッパはまさに自由主義的であり、その規則も自由主義的であるからだ」ということになる(7)

 欧州議会の欧州社会党グループに所属する社民党員を「社会主義者」と呼ぶのは乱暴だ。自由化の推進や、アメリカとの接近が議題になった場合には、このグループはおおむね、「敵対者」のはずの欧州人民党グループと共同戦線を張っている(8)。今のヨーロッパは実際に、そして本質的に、自由主義的になっているのではないだろうか。そして、その路線を維持するために、EUの諸機構に縛りをかけているのではないだろうか。もしそうならば、長いことタブーにされてきた問題を今こそ問うべきだ。どうすれば、この束縛からの自由を取り戻すことができるのか。

(1) イギリスの保守系日刊紙デイリー・テレグラフのサイトで報じられた後、11月15日にフランスの週刊誌マリアンヌのサイト(http://www.marianne2.fr)に転載された。
(2) See Christian Makarian, << Adieu utopie >>, L'Express, Paris, 25 October 2007.
(3) Liberation, Paris, 29 October 2007.
(4) See Francois Denord, << Des 1958, la "reforme" par l'Europe >>, Le Monde diplomatique, November 2007. アンヌ=セシル・ロベール「欧州構想をめぐる左翼の迷走」(ル・モンド・ディプロマティーク2005年5月号)参照。
(5) See Raoul Marc Jennar, << Ces accords que Bruxelles impose a l'Afrique >>, Le Monde diplomatique, February 2005.
(6) Le Point, Paris, 28 June 2007.
(7) Le Point, 8 June 2006.
(8) ラウル=マルク・ジェンナーは、最近の刺激的な著作『ノンと言った後のヨーロッパはどうなったか』において、ドイツ社会民主党所属の欧州議員、エリカ・マンを顕著な例として挙げている。彼女は欧州社会党グループ内で大きな影響力を持ち、大西洋政策ネットワークの議長を務めている。このシンクタンクは多数の欧米系多国籍企業によって構成され、EUがアメリカとの緊密化を進めることを推奨している。当然と言うべきか、マン議員は自由貿易と資本の自由流通に熱心な議員フォーラム「カンガルー・グループ」のメンバーでもある。


(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2007年12月号)

All rights reserved, 2007, Le Monde diplomatique + Miura Noritsune + Okabayashi Yuko + Saito Kagumi

line
表紙ページ 本紙の位置づけ 有志スタッフ
記事を読む 記事目録・月別 記事目録・分野別
メール版・お申込 読者の横顔
リンク(国際) リンク(フランス)